エイミーことエントリエ編集長の鈴木 栄弥が見つけた気になる人を訪ねて、自分らしい暮らし方や生き方のヒントをいただいてしまおうというこのシリーズ。第11回目のゲストは、聖蹟桜ヶ丘にバイオリン・ヴィオラ・チェロの製作・修理・調整の工房を構えるバイオリン職人の藤井 大樹さんです。
本当に良い楽器を
お客様に届けたい
藤井大樹(ふじい おおき)さん。4歳からバイオリンを習いはじめ、小学校の頃よりバイオリン職人の道を志す。埼玉の工房で高校3年生の頃から製作の見習いを経験。卒業と同時にイタリアへ留学し、8年の間に製作・修理・修復を学ぶ。帰国後は、バイオリンを製作する専門学校で2年間主任講師を経て独立し、聖蹟桜ヶ丘に工房『大樹バイオリン工房』を構える。
聖蹟桜ヶ丘でバイオリン工房といえば、まさに『耳をすませば』の印象があるのですが……。
藤井さん:そうですよね(笑)。お客様もそう言ってくださって、印象にも残るのでいいことだなって思っています。
どうして、このまちで工房を開こうと思ったのでしょう?
藤井さん:実は、住みたいまちで探していたというよりは条件の合う物件を探していたんです。バイオリンの音を出したり、つくったりとなるとなかなか合う条件がなくて。いろんな場所で探していたときにこの物件を見つけたんです。ここはオーナーさんが、アーティストに貸し出して交流の場にしたいというコンセプトがある物件で、過去にステンドグラス職人や美術家、機織りをやっている方もいて、もうここしかない!っていう感じでした。
ここで良かった!と思えることはありますか?
藤井さん:お客様にフラっときてもらえる場所ではないのですが……みなさん、ここを選び、目指してお越しくださるので、そういう意味では本当に良いお客様と出会えるかなって思います。
お客様にとって
バイオリンのカウンセラーでありたい
お客様にとって、藤井さんはどんな存在いたいですか?
藤井さん:楽器のカウンセラー的な存在でありたいなと思っています。
カウンセラーというと……?
藤井さん:楽器の良し悪しに「正解」っていうものはなくて、演奏者の弾き方や好み、体形などによってお勧めする楽器や施すセットアップもその都度考えていく必要があるんです。
よくバイオリンって、値段が高いから良い、古いから良いと思われがちなのですが、私は技術者としてその思い込みは危険だと考えています。
楽器の価格ってとても曖昧なものです。「希少価値」「音」「作りの良さ」を「価格」という尺度で一括りにして比べることができると思いますか?
同じバイオリンでも「演奏家」と「ディーラー」と「技術者」で重視するポイントが全く違うものです。
ここに来るお客様とはそういったことを納得してもらうために、じっくり会話をしたいんです。好みを理解してあげることで、徐々に信頼関係を築き、そういう積み重ねで私の提案できる内容も増えていく。バイオリンを選ぶ上でも、しっかりと勉強すれば楽器の価値の判断基準もわかると思いますし、お客様に理解していただいた上で、本当にその方が求めている楽器が手に入ればいいなって思っています。
まさにカウンセラーですね!
355mmの小さな木の箱に、
いろんなものが詰まっている
この仕事をやっていて良かったと思うことはどんなことでしょうか。
藤井さん:私がつくったバイオリンの演奏を聴いたときですね。ここに置いてある木材は私がイタリアに直接買いに行っているものなのです。しっかり乾燥させるために購入してから最低5年くらい寝かせて、そこからひとつひとつ製作していくわけですが……。この木材ひとつとっても、山を守る人が木を育ててくれて、その木を伐採して製材する業者がいて。その木材がミラノの大きな倉庫に木が並んでいてそこではじめて私は1本1本選定できるわけです。
音楽が誰かに届くその一連の流れの間にいろんな人が関わってて、それぞれが頑張っているということを伝えたいです。例えば曲もモーツアルトがどんな気持ちで書いたのかっていうことを知るだけで聴き方が全然違うように、その1曲に込められたドラマや思いをみんなに感じてもらいたい。決して、演奏するだけがエンターテイメントではないんですね。
藤井さんの製作したバイオリンが演奏されるまでに、たくさんの人が関わっているんですね。
つくることが好きなんですよね。たまたま、ホームセンターに行ったときに自分でハーバリウムをつくれることをしって。バスバー(*2)を削って出た木屑をハーバリウムに使ってみました。色々な木材を試したくなっている自分がいます。(*2 表板を支える20cmほどの長い梁のような部品)
●編集 細野 由季恵