

東京・台東区にある「台東デザイナーズビレッジ」は、新進クリエイターの創業支援施設として、多くのデザイナーや作家が事業を成長させてきました。ここには、“つくること”と“生きること”が重なるものづくりを志す人々が集います。その“村長”を務めるのが、マーケティングや事業コンセプトの指導を通じて、つくり手たちを支えてきた鈴木 淳さん。ものづくりの現場と社会をつなぐ存在として、どのようにクリエイターたちと関わり、何を大切にしてきたのでしょうか。
ものづくりのまち・台東区に、若きクリエイターによって新しい息吹を

──台東デザイナーズビレッジ(以下、デザビレ)のインキュベーションマネージャーを務める鈴木さんは「村長」と呼ばれています。親しみがあってとても素敵な呼び方ですね!まずはデザビレ設立の経緯について教えてください。
鈴木 淳さん(以下、鈴木さん):デザビレは台東区が設立した、日本初のファッションに特化した創業支援施設で、2024年に20周年を迎えました。
もともと台東区は財布、帽子、ジュエリー、アクセサリーなど、ファッション雑貨、そしてその流通を担う問屋・卸売業などの産業が集積していました。でも日本のものづくりが盛んだった時期から時代が変わり、じわじわと製品製造業が海外に移転して、危機的な状況が進んできました。
衰退に歯止めをかけて日本のものづくりを復興させるには、海外の量産品にはない高い付加価値が必要です。そのために、産業界からは、若手デザイナーに集まってもらいたいという要望があり、台東区によって廃校を活用してデザビレが設立されました。
──鈴木さんは公募を通じて村長さんに立候補しました。どのような思いがあったのでしょうか?
私はファッションの仕事に長く携わってきて、繊維や革の産地振興や中小企業のコンサルも手がけたことがあったので、その経験を活かしてみたいと思ったんです。デザビレの運営プランとあわせて地域産業活性化プランのコンペで幸い認められて、村長に就任することになりました。村長としては、施設の運営・広報、入居者へのアドバイス、地元企業や産地など人のつながりづくりの3つを仕事の柱としています。
ビジネスとして活動を伸ばしていくクリエイターを支援

──若いクリエイターに対して、どのような支援を行うのですか?
鈴木さん:クリエイターの中には、「自分の好きな作品を好きなようにつくりたい」といういわゆるアーティストタイプと、「つくった商品をきちんとお客さまに届けたい」というクリエイタータイプがいます。デザビレでは、どちらかというと後者のタイプの、ビジネスの力を身につけたいクリエイターを支援しています。
自己満足の作品づくりから、お客さまに目を向け自分と商品のファンを増やして売上をつくっていく方向に意識が変わるよう、さまざまな面からアドバイスをするのが、村長である私の役割ですね。
──クリエイターにビジネス視点が必要だと思うのは、どんな背景があるのでしょうか。
鈴木さん:デザビレが始まった2004年当時は、「良い作品をつくってバイヤーに見つけてもらう」が成功法則でしたが、インターネットの普及で個人の買い物の場は変わってきました。それに伴い、ポップアップイベントやネット販売など、自分自身で直接売る必要が出てきた。「バイヤーに見つけてもらう」から「自分でファンをつくる」へと、売り方が大きく変化したんですね。
ではビジネスとして自分の商品の価値をどう伝えていくのか。その方法論はファッションの学校では教わってこなかったので、いきなり難易度が高くなるんです。学校で「売れるものをつくるのは自分の考え方を曲げることだ」と教わる人さえいる。
──今まで学ぶ機会のなかったビジネスの方法論を伝えるのが、デザビレの、そして村長さんの支援なんですね。
鈴木さん:その通りです。ブランドづくりのためファンを増やしていくことに特化した講座を「クリエイター起業塾」と名付けて始め、これまで16期開催してきました。毎週土曜日、10時間の授業を6日間行います。
それまで持っていた仕事観、生き方そのものから見直してもらうことになります。自分の好きなものをつくるのか、お客さまに喜ばれるものをつくるのかの二者択一ではなく、好きなものをつくって喜ばれるにはどうしたらいいのか、徹底的に考えてもらいます。クリエイターにとっては苦しいことではありますが、やりきれば「参加して良かった」と言ってくれます。

──このentrie magazineではこれまでに、デザビレ出身のアクセサリーブランド「Nando Jewelry」さん、アパレルブランドの「Kana Kawasaki」さん、「nagisa」さんにお話を伺い、記事を公開しています。皆さんとお話しすると、言葉で伝える力をしっかり持っていらっしゃるなと感じました。苦しい過程の中から、その力も生まれてきているんですね。
鈴木さん:印象的だったのは「Nando Jewelry」の春原 純也さん。デザビレに入居したときには、面接していても緊張で震えてうまく話せないくらいだったんです。「接客が一番苦手」というところからポップアップを何度も繰り返して、お客さまと直接話をしていく中で克服して。今や接客が強みですよ。
また、ブランドコンセプトも明確に定めるようになりました。たとえば「Kana Kawasaki」は「人生は“毎日がドラマである”という気づきに寄り添う」と、日常の装いを特別なものとして楽しんでほしいというコンセプトを打ち出しています。他にも読書家のためのブランド「NIR IDENTITY & BOOK」は、本だけを持って自由な時間を過ごしてほしいと「読むしかできないブックショルダー」というバッグをつくっています。
お客さまにどう喜んでもらいたいのかを考え抜いて、発表して、周りから意見をもらって、を繰り返していくと、腑に落ちる瞬間があるんですよね。本当にやりたいことが見つかると、意識がガラッと変わります。SNSの発信も、普段の行動も変わっていきますね。
デザビレ発のイベント「モノマチ」を通じて、街に生じた変化
「モノマチ」は、2011年から鈴木さんの発案で始まった、東京・台東区南部エリアを舞台にしたものづくりイベント。地域の魅力をもっと多くの人に知ってもらいたいと、鈴木さんがデザビレ卒業生や地元企業に声をかけて立ち上げました。初回は17店舗の参加でスタートし、試行錯誤を重ねながら回を重ねるごとに規模が広がり、今では120組以上が参加する一大イベントへと成長しています。

──デザビレの主催する地域イベント「モノマチ」についても聞かせてください。
鈴木:ものづくりの職人が集まる地域だった台東区南部を「カチクラ(御徒町から蔵前にかけての地域)」と名付け、デザビレの施設公開に加えてクリエイターたちのものづくり市と、ものづくり現場のまち歩きを展開するイベントが「モノマチ」です。カチクラのまちとものづくりのファンを増やしていこうと始めたモノマチは、地元の人たちで運営し、企業、問屋、小売店等の協力も得て、近隣の住民だけでなく台東区外からも人々が訪れるような一大イベントに成長しました。
──蔵前・御徒町エリアは、おしゃれなカフェやショップが増えてイメージも変わってきました。デザビレの功績は大きいと思います。
鈴木さん:少しは貢献できているのかな。デザビレのクリエイターと地元の人との交流はとても活発になりました。卒業生も40組ほどが台東区内にアトリエやショップを構えて、職人たちがこんなものづくりをしていますよ、と発信するようになって。その発信を見た人が、まちに来てくれるようになって。知る人ぞ知る職人のまちにいい循環ができて、20年ほどで大きく地域が変わってきたと感じています。
──鈴木さんはデザビレ運営と地域活性化のプランを掲げて村長に就任されましたが、その当時、ここまでの進化は想像されていましたか?
鈴木さん:デザビレが始まって3〜4か月経った頃、「蔵前をニューヨーク、パリ、ミラノのようなファッションのまちにしたい」と私は言っていたんです。台東区の方はそこまで大それた野望が叶うとは思っていなかったようですが(笑)。
でも、「職人が地域でつくったものを買えるまち」って、東京にはこのエリアしかないんですよ。新宿、渋谷、靑山には世界中のファッションが集まっていますが、それはその地域でつくられたものではない。「東京でつくったものを東京で売っているまち」として、国内だけでなく広く世界から求めに来てくれたら嬉しいですし、ちょっとずつその姿に近づいていっていると思います。
自分の力を活かしてビジネスをするクリエイター、その支援を全国へ

──デザビレは2026年3月で一度、その活動に幕をおろすと伺っています。次のステップとして、今後どんなことに挑戦していきたいですか?
鈴木さん:デザビレの村長を務めてきて痛感したのは、クリエイターのビジネスを支援する人材や仕組みが、全国で見てもほぼないということです。
ITやAIなどの成長産業で起業家を育てる投資家や指導者はたくさんいます。ところが、ものづくりのような身の丈産業を応援する人はどうかというと、リターンが小さいから参入も少ないんですよね。私は、自分の力を活かして小さく始めたいクリエイターたちを支援する活動を、これからもしてきたいと考えています。
「クリエイター起業塾」は、デザビレ入居者以外にも範囲を広げてワークショップを始めています。次は東京だけでなく、地方でも開催していきたいですね。
──台東区のカチクラエリアも、デザビレを契機に変化を遂げました。地方の地域・産業振興としても意義がありますね。
鈴木さん:地方でも施設などのハード面はつくることができますが、ビジネスとして継続的に発展していくためにはソフト面での支援が重要です。全国さまざまなエリアで、村長として活動していけたらいいですね。
──デザビレから巣立っていったクリエイターの皆さん、そして鈴木さんの今後の活躍、とても楽しみにしています。今日は貴重なお話をありがとうございました!


鈴木村長の至福の時は、デザビレで飼っていた猫・ワコちゃんとの触れ合い。「地域猫だった子なんですが、毎日村長室に通ってくるうちに、うちで拉致して室内猫にしました(笑)。11〜12年の付き合いでしたが、今年のはじめに亡くなってしまって。今は至福の時がなくなってしまって寂しいですね」
イベント告知:モノマチ2025、開催決定!

画像をお借りすることは可能でしょうか?
会期:2025年5月23日(金)〜25日(日)
場所:東京・台東区南部エリア(御徒町〜蔵前〜浅草橋)
記事中でご紹介したものづくりのマチ歩きイベント「モノマチ」が今年も開催されます。
16回目を迎える今回は「ちょいと寄り道 モノマチ日和」をテーマに、約110組の店舗や工房が参加予定。
このマチならではの“ものづくり”との出会いを、気ままに楽しんでみませんか?
台東デザイナーズビレッジ内にモノマチのインフォメーションが設置されます。まずはデザビレにお越しください。詳しくは 公式サイト または 特設サイト をご覧ください。