菊池 達也
ゲスト
菊池 達也 / Kikuchi Tatsuya
Humble Symphony合同会社代表
観光系のWeb制作支援業務(サイト制作・運用・分析)に従事した後、 WebサイトやCRMにおけるデータマーケティング支援を行う(株)UNCOVER TRUTHにてアナリティクス リーダー、CDP リーダーとして勤務。その後、ヤフー(株)にてYahoo!広告におけるデータコンサルタントとして従事したのち、 (株)ジンズにてCRM・データ利活用担当として勤務。2023年9月に独立し、Humble Symphony合同会社を立ち上げる。著書『コンバージョンを上げるWebデザイン改善集』『ユーザー起点マーケティング実践ガイド』(マイナビ出版)
村田 あやこ
記事を書いた人
村田 あやこ / Murata Ayako
ライター
お散歩や路上園芸などのテーマを中心に、インタビュー記事やコラムを執筆。著書に『た のしい路上園芸観察』(グラフィック社)、『はみだす緑 黄昏の路上園芸』(雷鳥社)。「散歩の達人」等で連載中。お散歩ユニットSABOTENSとしても活動。
細野 由季恵
編集・撮影した人
細野 由季恵 / Hosono Yukie
WEB編集者、ディレクター
札幌出身、東京在住。フリーランスのWEBエディター/ディレクター。エントリエでは 副編集長としてWEBマガジンをお手伝い中。好きなものは鴨せいろ。「おいどん」という猫を飼っている。

HSP(Highly Sensitive Person)という言葉を聞いたことがありますか?
生まれつき感受性が高く、音や光、人の気配や空気の変化に敏感に反応しやすい──そんな特性を表す言葉として、ここ数年で耳にする機会が増えてきました。医学的な診断名ではありませんが、自分の感じ方の特徴を知る手がかりとして、この言葉に救われたという人も少なくありません。
そんな“繊細さ”を自分らしさとして受け止め、力に変えてきたのが、Humble Symphony合同会社代表の菊池 達也(きくち・たつや)さんです。「HSPが生きやすい世界を作る」というミッションのもとにご自身の会社を立ち上げ、Webマーケティング*の現場での豊富な経験を生かし、HSP人材を活用したマーケティング支援をはじめ、情報サイト「HSPランド」を通した情報発信、商品開発などを手掛けています。
「自分の特性とどう向き合い、どう働き、生きていくか」。今回は家族であるフレンチブルドッグの万福(まんぷく)ちゃんと一緒に、その歩みと等身大の想いを伺いました。


Webマーケティングとは……人とブランドが出会うために、デジタル上に橋をかける営み。誰に何を届けるか、どう響かせるか、どう関係を育てていくかを設計し、試し、分析しながら磨いていくプロセス

HSP気質の方が生きやすい世の中を作りたい

──菊池さんが起業に至るまではどのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか。

菊池さん:在学中、観光分野のシンクタンクでインターンとして働く機会があり、データをもとにビジネスをする楽しみを知りました。シンクタンクに客員研究員として在籍されているwebマーケティング支援の会社の方とご縁があり、Webマーケティングという専門分野から観光にアプローチする仕事に魅力を感じ、入社しました。

小さな会社だったので、政府観光局や旅行会社のWeb制作からサイトへの集客支援、サイトの分析など、新卒ながらいろいろな仕事を手掛けていましたね。

──マーケティングにおける実績を、一歩一歩着実に築かれてきたのですね。

菊池さん:その後は、ベンチャー企業のデータアナリスト、広告会社のデータコンサルタント、事業会社でのマーケティング職など、いくつかの会社でマーケティング職の経験を積みました。
転職を何度か経験する中で、思うようにパフォーマンスを発揮できる会社と、なかなか成果を上げられない会社があるなと気づくようになりました。例えばベンチャー企業では驚くほどハイパフォーマンスを発揮できたものの、広告会社では、大きな組織のなかで怯み、なかなか成果を出せなくて。
パフォーマンスを上げられず悩んでいた頃に、自分はHSP気質が強いということがわかりました。自分の取扱説明書ができたような気持ちになったのを覚えています。

──「パフォーマンスを発揮できた会社」と「そうでなかった会社」には、どのような違いを感じていたのでしょうか?

菊池さん:大きな要因は「仕事を進める上で不安に思う」要素があるかないか、だと思います。HSP気質が強いと、この不安感を人よりも苦しく感じたり、心も体も蝕んでいきやすかったりします。
パフォーマンスを発揮できた会社では、自分の裁量が比較的大きい状態で仕事ができていた点が不安を消していたと思います。反対に発揮できなかった会社では、単純に自分の力不足もありましたが、不透明な事柄があるなかで仕事が進むことや、大きな組織なのでコミュニケーションに緊張が走ることが多く、不安をためていたんです。

前職での一枚。実際に店頭に立ち、接客をするという経験も積まれていました。

──ご自身の傾向を客観的に分析できたことで、立ち止まって考える機会になったと。

菊池さん:ゆくゆくはマーケティング業務の責任者になるというのがキャリアステップだろうと、ぼんやり思い描いていました。

しかし大きな事業会社でマーケティングの責任者になるためには、根拠のない自信や、「この商品で世界を変える」といった強い思いが求められていました。その会社にいるいないにかかわらず、自分が本当に命を注げる使命は何なのかを考えた時、果たしてそれが会社としてのミッションと重なるのかというと、躊躇してしまう部分もあって。それで、事業会社でマーケティング業務を担当していた頃に起業を決めたんです。

また偶然ですが同僚の方と話していた時、お子さんにHSP気質があり学校へ行けていないということを聞いて。今の価値観で考えるといろいろな選択肢があるよなと、お子さまが苦しむ声を聞くと胸が締め付けられるように感じました。

HSP気質の方にとって生きやすい世界を作るというのが、自分のミッションであるという思いが強くなったんです。

データから「人」が見えてくるのが、マーケティングの面白さ

──菊池さんにとって、マーケティングのお仕事のどのような点が魅力ですか?

菊池さん:データからは人が見えてくるんです。例えばお問い合わせフォームにアクセスがあっても、実際のお問い合わせにまで至らないという場合があったとします。それをどこで、どうして入力がストップしているのか、データを読み解くことで、ユーザーの入力を促しやすくする対策が取れる。

ECサイトでも、なかなか最後の注文にまで結びつかない場合、「こういうサービスがあるよ」「送料無料だよ」と伝えてあげるだけで、注文に進んでくれる確率は高まります。データから導かれた結果や分析を通した施策から、数字の向こうにいる「人」が浮かび上がってくる瞬間は、たまらなく面白いですね。

学生時代にホテルでアルバイトをしていた時、お客さまの部屋を見渡して、なにか足りていないことはないか、一瞬で洞察する力が求められていました。こうした経験もマーケティングの仕事に生きているなと思いますね。

──ご自身の特性から、マーケティングというお仕事をどう捉えていらっしゃいますか?

菊池さん:HSP気質が強い人は、人の感情を読み解いたり、人が気にすることを観察する力に長けていて。このような洞察力はマーケティング思考向きと言えます。
僕がなぜマーケティングという仕事を続けてこられたんだろうと考えると、HSP気質に合っていたからだとも考えているんです。
僕自身は特性上、根拠のない中でご提案することが難しい中で、データを元にできると安心感があり、かつ結果が出やすいというのも利点ですね。

──今いる環境でうまくできない自分を責めるのではなく、自分の特性を理解した上で「合う環境・合わない環境があるんだ」と気づけば、気持ちが楽になりそうですよね。

自分の特性に合った働き方を

──ベンチャー企業や大企業、企業経営。様々な組織や立場での働き方を経験された菊池さんですが、特性に気づいてから、どのようにして働きやすい環境を整えてこられたんでしょうか?

菊池さん:コロナ禍に務めていた会社でリモートワークが始まった時、周りに人がいない状態で仕事に集中できる働き方は、自分に合っているなと思ったんです。
同じ時期に逗子に引っ越しました。リモートワークで自分の時間が増えたので、空いた時間に海岸に散歩しにいくことも。こうした暮らしはいいなと、自分に合った価値観を理解するようになりました。
その後、少しずつ出社が増えてきた段階でも、仕事はリモートワークで集中して行い、出社するときは人と話すことをメインにするなど、自分のパフォーマンスを発揮しやすく疲れにくい働き方を心がけていましたね。

──仕事の内容や環境を、自分の特性に合ったものに少しずつ調整していったんですね。こうした選択肢があると気づかず「仕事がつらい」と苦しんでいる方は、もしかしたら少なくないかもしれないですよね。

菊池さん:成人の4、5人にひとりはHSPの傾向を持っており、特に日本人はその傾向が高いと言われています。一方で、未だに社会では「快活にコミュニケーションができることが正しい」といった価値観が主流です。
キャリアのステップにしても、例えば「出世してリーダーを目指す」だけではなく、自分の専門性を活かし働き続けるという選択肢もある。こうした前提の部分は、少しずつ理解が広がっているとはいえ、もっと浸透してほしいなと思います。

──ご自身のメディア「HSPランド」での情報発信も、似た経験を持つ方が選択肢を広げる上できっと助けになると思います。

メディアでは、HSPが生きやすくなるtipsを発信されています。

菊池さん:自分自身がHSPについてもっと知りたいという思いもあって、情報サイトを立ち上げ、記事のストックも増えてきました。今後も事業の一環として、情報発信は続けていきたいですね。

自分の理想像の解像度を上げるのが第一歩

──今後手掛けていきたい分野はありますか。

菊池さん:現在、マーケティングというto B(企業向け)のビジネスが事業のメインですが、ゆくゆくはto C(個人向け)のサービスも広げていきたいと思っています。

具体的に取り組んでいるのはHSPの方に向けた商品開発で、第一弾としてアロマオイルを企画中です。

試作中のオイルを見せていただきました。

──どのようなアロマオイルなんでしょうか。

菊池さん:もともとアロマオイルには、自律神経を整えてくれる効果があります。自分自身、満員電車や飛行機といった閉鎖空間が苦手だったんですが、アロマの香りで気持ちを和らげた経験がありました。
日常生活の中でふっとひと心地ついて平常心に戻れるようなアロマオイルを作ろうと、専門家の方に協力いただきながら商品開発を進めているところです。

──実体験がベースにあるんですね。今後はどのような展開を考えていらっしゃいますか?

菊池さん:クラウドファンディングでご支援を募り、製品化を進め、自社サイトでの販売を考えています。
ありがたいことに「どんな形でもいいから働かせて下さい」というお問い合わせを多数いただいています。まだ資金にも業務にも余裕がないので、業務委託で部分的に手伝っていただいているという状態ですが、今後はこうした事業でしっかりと収益を上げて、雇用も生み出していきたいと思っています。

──ご自身の経験を通して、働き方について現在進行系で悩んでいる方、立ち止まっている方に、メッセージをいただけますでしょうか。

菊池さん:まずは「自分を知る」ことが第一歩です。例えば最近は「16パーソナリティ」が有名ですよね。こうした自己分析のための指標も参考にしながら、「自分はこういう時に調子がいい」「こういう状況は苦手」「こういう部分はもっと活かしたい」など、自分の特性を客観視した上で理想像を思い描き、その解像度を高めることが重要だと思っています。

僕は根本的に「人生謳歌主義」です。仕事が1日の3分の1、つまり人生の3分の1を占めるのだったら、いい状態でいたい。そういう意味で、職場はくじ引きだとも思うので、自分に合わないと思えば“くじ引きし直す”のもひとつの手だと思います。

僕自身、転職回数は多いですが、転職を通してキャリアやスキルを築けましたし、理想の働き方が見えてきました。まずは自分がどういう状態がよくて、それに向けてどういう働き方をすればいいのか考えることは大事ですね。

──引いたものがすべてではなく、くじ引きし直せばいいと思うと、心が軽くなりますね。自分自身の性質を客観視して視野を広げるということが、長く働ける環境を見つける土台になりそうです。
今後のご活動の広がり、楽しみにしています!

(画像提供:菊池さん)

散歩大好きな万福ちゃんと一緒に、自然豊かな逗子のまちをお散歩するのが、至福のひとときだそうです。