第36回目のゲストは、牛写真家の高田 千鶴(たかた・ちづる)さんです。農芸高等学校を卒業後、酪農ヘルパー*として働きはじめた高田さん。日本でも数少ない牛写真家として、大好きな牛を追い続けています。そんな「自分らしく生きる」女性がいると聞きつけたエントリエ編集部は、さっそく取材依頼。エイミーズトークで高田さんのお話を伺うことができました!
*酪農ヘルパー……酪農家さんのお休みに代わり、搾乳や飼料給与などを行うお仕事
高田 千鶴(たかた・ちづる)さん。1994年 大阪府立農芸高等学校 資源動物科に入学。3年間牛の世話を担当し、以来、牛が大好き。酪農ヘルパーの経験を経て牛写真家へ転身し、カメラ片手に全国の牧場を巡り牛を撮り続ける。主な書籍では『うしのひとりごと(高田 千鶴 (写真・著) 河出書房新社)』、『もふもふはなこ(那須アルパカ牧場 (著) 、高田 千鶴 (写真) 建築資料研究社)』の他、2015年より酪農雑誌にてフォトエッセイを連載、また写真展など牛をテーマにさまざまな活動を行う
写真からも伝わる、牛への愛について
――高田さんの写真からは、不思議と牛への愛がひしひしと伝わってきますね。どんなところに魅力を感じているのでしょうか?
高田さん:目が好きですね。まつげがくるんとした、大きい目がかわいい。あとはボーッとしているところ。牛なりにいろいろと考えているとは思いますが、口をくちゃくちゃさせたり、ゲップやおならを平気でしてきたりと全くこっちに気を使わないので、私も気を使わないでいられるんです(笑)。そんな空気感に癒やされますね。
――高田さんだからこそ撮れる表情だなと感じました。
高田さん:ありがとうございます。「おはよう」、「撮っていい?」と話しかけばがら撮影しています。頻繁に遊びに行く牧場主さんから「高田さんはいつも牛と秘密の会話をしているね」と言われました(笑)。
――秘密の会話! 何か通じ合うものがあるんですね。
高田さん:通じ合えていればいいな。「写真の牛たちが笑っているように見えるのは、きっと写真を撮るときに高田さんが笑っているからだろう」なんて、酪農家さんに言われたこともあります。私が思わずニヤニヤしてしまうのが、牛にも伝わっているのかもしれませんね。
――撮影中のこだわりはありますか?
高田さん:牛って、食材としては牛乳やお肉などで身近な存在のわりに、実際に触ったことがない方が多く、表情を見る以前に「大きいからあまり近寄れない」という方もいらっしゃると思うんです。でもよく見ると牛ってこんなにかわいい表情をするんだよ、ということが写真から伝わればいいな、と思いながら撮っています。
牛は口角が上がっているので、横から見ると笑っているように見えるのですが、そこがかわいい! 口を開けたり反芻しているタイミングを狙ってます。
――牛との距離感が近いというのが、また酪農ヘルパーのご経験を持つ高田さんならではだと思いました。
高田さん:最初は引きで撮影するんですが、牛がかわいくて……結局近づいて撮ってしまうんです。それで、ついついアップが多くなってしまいます(笑)。本当にわが子のようにかわいいんです。
大好きだから、牛との関わりを諦めなかった。
酪農ヘルパーから写真家に転身した理由
――もともと酪農ヘルパーとして働いていた高田さんが“牛写真家”として活動するまでの経緯を伺えますか?
高田さん:小さな頃から動物が好きだったので、高校は農業高校の資源動物科に進学して。そこは、実家のすぐ近くにあって、小学生の頃から「絶対ここに行きたい!」と思い続けていたんですよね。
高田さん:入学すると牛や豚、小動物などの世話を持ち回りで行うのですが、その中で特に牛のかわいさに魅了されて。その後は3年間ずっと、大家畜部(牛部)で牛の世話を続けました。
――卒業後はどのような道に?
高田さん:学校の先生には畜産専門の大学を勧められましたが、私は机に向かって勉強するよりはまずは牧場で牛に触れ合いたい気持ちが大きくて。卒業後は、先輩の紹介で酪農ヘルパーとして働き始めました。
ただ、2年ほど酪農ヘルパーとして働いたところで、脊椎分離症という病気を患い、腰を痛め、仕事を続けられなくなったんです。
――「これだ」と決めていた道を諦めざるを得なくなってしまったのですね……。
高田さん:そうですね。その後は、趣味の写真に関連して、カメラ屋でアルバイトをしていました。
そんなある日、高校の農業研修を通じて仲良くなった友人と一緒に、書店で馬の写真集を見ていたんです。「馬の写真集はあるのに、なんで牛の写真集はないんだろうね」という話になり、「じゃあ私が作ろう」って決意したんです。それまでは使い捨てカメラや父のお下がりの一眼レフなどを使っていましたが、初めて自分で一眼レフを購入して。
――希望していた道が絶たれてもすぐに諦めず、他の関わり方を探す前向きな高田さんがとても素敵です。
高田さん:もちろん、酪農ヘルパーの仕事を続けられなくなった時はすごくショックでした。でも、友人の「牛の写真集がほしい」という言葉が目標になりました。
牛の写真を撮ることで、「また、牛と関われるんだ」というのが励みになったというか。
――牛写真家の活動が、軌道に乗るまではどのような道のりでしたか?
高田さん:最初はとにかく写真家としての経験を積むため、演劇や結婚式などさまざまなジャンルの写真を撮っていましたね。
2006年頃に趣味で作ったホームページに牛の写真を掲載していたんです。それを見た編集者さんから「牛を被写体としているのが珍しい」と連絡をもらい、雑誌『カメラマガジン』で紹介していただきました。それをきっかけに、もっと頑張ろうと思い、酪農雑誌の方に連絡をしたりしました。
高田さん:少しずつカメラマンとしてのお仕事を頂けるようになったので、ホームページもきちんと作り直すと、いろいろな方の目に留まり徐々に牛好きの仲間も増えました。その方々と、2008年より牛をテーマにしたグループ展『牛展』を定期的に開催するといった活動もしています。
――著書も出されていますよね!
高田さん:はい、友人に「牛写真集を作る」と約束してからちょうど10年後の2009年丑年(うしどし)に、初の写真集『うしのひとりごと(河出書房新社)』を出版しました。とても嬉しかったですよね。反響もあって、酪農の専門誌で連載など牛写真家としてのお仕事も増えました。
――自分で何かを発信するってとても勇気がいることですが、高田さんはいつもそばに牛がいたから、心強かったでしょうね。
「牛や酪農家さんと触れ合う体験を」。
活動を通し、今伝えていきたいこと
――普段生活していても、私たちはあまり情報に触れる機会の少ないのが酪農業界。高田さんはこれまでのご経験を通して、酪農業界に対する思いもあるのでしょうか?
高田さん:酪農業界からは離れてしまっているので、私なんかが偉そうに言えないとところではありますが……。最近は、酪農家さんがSNSで情報発信をしているのがいいなと思っています。SNSを通じて私も酪農家のみなさんと繋がれることが嬉しいし、牛の写真に癒されたり、さまざまな情報があり勉強になります。酪農家さんの魅力を消費者の皆さんにももっと知って欲しいなと思います。
――高田さんの活動を通して、伝えていきたいことはありますか?
高田さん:最近、私の子どもたちと一緒に牧場へ行った時、牛のレバーを食べるイベントに参加したんです。その時、つい先日まで生きていた牛がお肉の塊になって帰ってきたのを見た子どもが「ちょっとかわいそうだな」って、ポロッとこぼしたんです。
高田さん:私は、子どもが食べたくないのならば、その気持ちを大事にしてあげようと思いました。
でも、そのあとすぐ息子が、「僕の命を奪ったんだから、全部食べてね」って、牛の気持ちを代弁するように、そこにいた参加者全員に聞こえるように言ったんです。
――すごい。
高田さん:ね。本当に、すごいなって。親がいくら口を酸っぱくして「残さず食べなさい」と言っても、なかなか子どもには響かない。ただ、実際に現場に行って触れ合うことで、子どもは子どもなりに、ちゃんと感じ取れるんだっていうことに感動しました。
絵本などを通して伝えるのももちろん大事ですが、子どもたちには機会があれば近くの牧場で、牛と触れ合い、体感する機会をどんどん持ってほしいな、と思っています。
――いいお話ですね。何か伝えなきゃと思う時、つい身近なものに頼ってしまうことがあります。
高田さん:調べればいくらでも伝えられるツールはありますが、見て触って感じることのほうが心に響くんだなと、その時すごく感じました。
――ご自身の思いを子どもに押し付けず、子どもが自分で感じ取ることを大切にされているんですね。これから挑戦したいことはありますか?
高田さん:自分のホームページ上で、全国の牧場ガイドを作成することです。今のところ47都道府県の半分くらいの都道府県を巡りましたが、まだ制作途中です!
子どもがまだ小さいので何年かかかるとは思いますが、まだ訪れていない地域の牧場も訪問し、いつか47都道府県すべての牧場をご紹介できたらいいですね。
――楽しみです!
6年前から、お子さんが通っていた幼稚園のママさんコーラスに参加しているという高田さん。子育てでお忙しい中、コーラスはご自分のために使える貴重な時間だそう。
年に数回ある発表会で、曲の歌詞を噛み締めみんなで涙を流しながら、会場一体となって歌う時間は、大事な癒やしの場だそうです。
●文 / 村田 あやこ
●インタビュー・編集 / 細野 由季恵