今回お話を伺ったのは、茅ヶ崎のネイルサロンMATAHARISE NAIL代表・ETSU(前田悦子)さん。ネイリストやネイルスクールだけでなく、オンラインでのサロン経営講座やカルチャーセンターの講師など幅広く活躍されているETSUさん。お仕事の上で大切にしていることや、ご家族への思いについて、お話を伺いました。世間一般の「こうあるべき」という姿にとらわれず、ご自身としての道を凛と歩む姿が印象的でした。
型にはまった生き方はしたくなかった
──学生時代から、美容業界を志していたと伺いました。
ETSUさん:昔からおしゃれやファッションが好きで、学生時代からなにかしら美容の仕事をしたいと思っていました。一方で両親からは「大手の企業に就職して、いい人と出会って、普通の幸せな人生を送りなさい」ということをずっと期待されて育ったんです。というのも、祖父が叙勲を受章した教育長であったり、親戚一同学業に力を入れていたりと、小さな頃から教育に対する意識が高い環境が身近にあって。加えて父は転勤族で、転校先でわたしが困らないようにという親心もあったのだと思います。
それでも努力の甲斐あって進学した地域トップクラスの高校も、「おしゃれ」とはどこか遠く、物足りなさを感じていたんです。型にはまった生き方はどこかおもしろくない、このまま学業を頑張り続けているだけでいいのか。それに「普通」という概念も、人によって違う、と。そのうち、自分が好きなもの、興味が湧く美容を追求したいという思いが強まっていきました。
──美容業界の中でもネイリストを志したきっかけを伺えますか?
ETSUさん:学生時代、友人の紹介でネイルサロンを体験したとき、心が踊るような感動を味わったんです。大学時代にエステやアパレルなどでのアルバイトを通して、実際の美容業界での仕事を体験したりもしたんですが、エステや美容部員などの場合、爪を伸ばしたりマニキュアを塗ったりできないところがあるんです。私自身は爪をきれいに塗りたいという思いが強くなっていったことに気づきました。
──さまざまな領域がある美容の中で、ネイルに惹かれていったんですね。
ETSUさん:後にネイルを学んだときに知ったことですが、古代エジプト時代といった大昔から、呪術的な意味を込めて爪に色を塗る文化が受け継がれてきたそうです。
華美ではなくても、指先が潤うと心が整う気持ちになるのは、実際に私が感じたことでもありますし、お客さまとお話していても、「自己満足かも知れないけれど、ネイルをしていると頑張れる」と皆さんおっしゃいます。
爪は、鏡を通さずに自分の目で唯一見ることのできる美容です。人は1日に自分の爪を約2万回見るとも言われていて。爪がきれいだと、その分幸せを感じる回数が増えるのかもしれません。
ネイリストを志した当初は消去法ではありましたが、「爪を塗る」ということに対する優先度が高かったのは、このような部分なのかなと感じます。
──卒業後はどのように修行を重ねていかれたんですか?
ETSUさん:卒業後はまず、都内のネイルスクールに通いました。両親の反対を押し切って通ったので、学費は全て自分の貯金をあてて。当時の私にとっては、実際の金額以上に大きな費用に感じられたんです。だからこそ1分1秒でも無駄にしたくないと一生懸命授業や練習に取り組み、結果的にスクールの卒業生が参加したコンテストでも、優秀賞をいただくことができました。その熱量を評価してもらい、卒業後はすぐにスクールの会社でネイリスト兼講師として働きました。
──いまもネイルサロンとスクールを経営されていますが、キャリアのスタートの時点で、その2軸でのご経験を積んでいらっしゃったんですね。
ETSUさん:そうですね。母体も大きいですし、高級サロンだったので、礼儀作法や接客といった面でもいい経験を積むことができました。ただ、若かったこともあり、エレガントなデザインだけでなく、ファッション性に溢れたデザインなどにも挑戦していきたいと考え、最初の会社は1年半ほどで退職して。その後、都内のサロンやオーストラリアに短期留学し、世界52カ国で通用するネイルの国家資格を取得したんです。
お客さまが居心地よく過ごせる接客を
──その後独立され、いまは茅ヶ崎でご自身のサロン兼スクールを運営されています。
ETSUさん:結婚・出産を機に、夫が住む茅ヶ崎に移り住みました。妊娠中、お腹が大きい中で都内まで通勤するのは大変でしたし、サービス業だと休みを思うように取れません。以前から独立を考えていたこともあり、子どもと一緒に過ごせる環境を考え、茅ヶ崎でサロンをオープンすることにしました。
──都内と茅ヶ崎では、お客さまの層もがらっと変わったのではと思いますが、ETSUさんのサロンではリピートのお客さまがほとんどだと伺っています。新天地である茅ヶ崎でサロンをオープンし、そこからどんなことを大切にしてサロンを育ててこられたのですか?
ETSUさん:苦戦した時期ももちろんありました。だけど、ひとつひとつの会話や所作で、お客さまの感情を汲み取りながら接客するように自分自身を変えていったんです。そうすると、施術後にこちらから次回予約を伺わずとも、施術中に、お客さまから自発的に予約を入れてくださるようになりました。
振り返ってみると予約の方法やお声がけひとつとっても、よかれと思ってやっていたことは、あくまで自分にベクトルが向いていたことでした。
お客さまが居心地よく過ごせる空間を追求していった結果、気づいたらリピーターのお客さまでいっぱいになっていました。
──ネイルサロンと並行して、サロン経営者向けのスクールも運営されていますね。
ETSUさん:コロナ禍を機に、オンラインにも力を入れようという思いが強くなったものの、オンラインで細かな技術をお伝えするには限界も感じていました。ただ、ふと振り返ると、10年以上続けられるサロンが4、5%しかないといったデータを見て思ったことがありました。
確かにサロン一筋で継続することは難しいです。そんな中、わたしのサロンは高単価でも選んでいただき、しかも顧客さまの平均継続年数は約9年であること。また、9年以上広告費をかけずとも満席を維持できていること。規模としては小さいですが、そうやって10数年サロンを継続できた実績は、意外とすごいのだときづいたんです。自分がお伝えできるメッセージがあるのではと思い、個人サロン経営のオンライン講座をはじめました。
──個別の技術というよりは、サロン経営について伝えていらっしゃるのですね。
ETSUさん:ネイルの垣根を超えて、今は美容系全般のサロン経営に関してお伝えしています。技術ばかりを追求するだけではうまくいかないということは、自分の経験上よくわかっています。お客さま目線だと自分で思っていても、「お客さま目線になっているつもり」の自分目線の場合も。本当に大切なものはなにか気づいていただけるよう、わかりやすく発信していきたいですね。スキルという材料を買って、それを料理する方法がわからずに腐らせてしまうのはもったいないことです。好きな仕事で幸せに活躍でき、依頼の絶えないネイリスト・セラピストをひとりでも多く増やしていきたいです。
子育ては大変な分、喜びもひとしお
──現在は、サロンとご自宅とが隣り合わせです。お仕事での学びがご家族との関係や暮らしに、どのように影響していますか?
ETSUさん:3人の子育てをしながら仕事をしていると、当然てんやわんやの毎日を送っています(笑)。ただ、夫は私が仕事に楽しんで打ち込んでいることを理解してくれているので、家のことが間に合わなかったとしても、文句は言われません。それもあって、私の中でもすべてゲーム感覚で楽しくおこなえています。
仕事の上でお客さまとの関係性を築く際には、目の前のお客さまに100%集中し、話をしっかりと聞くようにしています。
夫や子どもにも同じようにすれば、きっとうまくいくとはわかっていながらも、できていないことが多く、ぶつかることも多々ありますね。サロンと自宅は併設しているものの、お店ではあまり生活感を出したくないということを子どもたちも理解してくれていて、小さい頃から黙って家に入る癖がついてしまいました。ただ、姿が見えることでお互い安心感がある。近くにいるだけで通じ合えるのかなと感じています。
──ご主人も、飲食店を経営されていると伺いました。ご夫婦でお仕事の話をすることはありますか?
ETSUさん:お互いの仕事には一切介入はしませんが、ジャンルも業種によっての考え方も違う分、参考になるところもありますので、仕事の話はよくしていますね。
また、サロン経営講座の中には、スタッフを雇用したり複数店舗展開したりしたいという、将来的なビジョンをお持ちの方もいらっしゃいます。業界は違いますが、夫も起業を経験し多店舗経営しているので、受講生の方にもお伝えできる部分があるのは助かっていますね。
──お母さんの働く姿を近くで見れるお子さんたち。どんなお話をされますか?
ETSUさん:なかなか伝えてはくれませんが、上の子はこの間、中学校の卒業式で手紙を書いてくれました。手紙をもらったその日だって喧嘩するぐらいでしたが、手紙を読むと、素直になれないだけで心の中では感謝していることが伝わってきて。
毎日夜まで仕事し、部活の朝練前に子どものお弁当をつくるのは大変ですが、蓋を開けたときに嬉しくなるような色合いを考えているんです。お弁当を残してきたり、お弁当箱を洗い物に出さないとつい怒ってしまいそうになりますが、勝手に凝ったものをつくって、勝手に怒っているという、自分の責任なんですよね。海外だとお弁当が「りんご1個」の場合もあると聞いたことがありますし、忙しくてゆとりがなければ、そこまでやる必要はないのに、ついやってあげたくなっちゃう。
結果として、数年後に「ありがとう」と言われたら、やっててよかったと思えますね。子育ては手がかかるし苦労もある。でも、その分嬉しいときは幸福感も大きいです。
──お子さんたちは、口には出さずとも、きっと思いを受け止めていらっしゃるのでしょうね。
3人のお子さんがいらっしゃるETSUさん。思春期を迎えたお子さんたちと過ごす日々はジェットコースターのように感情の起伏の連続。その分、嬉しい出来事があったら、小さなことであっても幸せに感じるそうです。