第50回目のゲストは、植物の本屋 草舟あんとす号店主・宮岡 絵里(みやおか・えり)さんです。東京都小平市にある「植物の本屋 草舟あんとす号」さん。森の中で出会った小人の家のようなかわいらしいお店の中には、植物にまつわる数々の本や美しい紙小物が並び、異国の童話を彷彿とさせる独特の世界観が漂います。店主の宮岡 絵里さんに、書店をはじめるきっかけとなった思いや、書店と並行しておこなっているタロットやフラワーレメディのご活動「あんとす堂」についてお話を伺いました。

宮岡 絵里(みやおか・えり)さん

2000年頃よりライダー版タロットを独学実践。2004年心身のバランスを大きく崩し、2005年職場を退職。約1年間療養する。その期間にフラワーレメディと出会い、植物の持つ力をより深く知るために2006年ハーブガーデンに転職。庭師として2012年3月まで勤務。2012年4月よりあんとす堂を、2017年4月に草舟あんとす号を開業。兼業しながら今に至る。

植物の本屋 草舟あんとす号ホームページ
あんとす堂ホームページ(フラワーレメディ・タロット)
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植物の力と人の心が共鳴
『秘密の花園』との出会い

――宮岡さんは「草舟あんとす号」「あんとす堂」という二つの屋号をお持ちですよね。それぞれどのようなご活動をされているのでしょうか。

宮岡さん:2012年から「あんとす堂」としてタロットを、また2017年より「草舟あんとす号」として本屋をはじめました。それぞれやっていることは違うようでもあり、つながってもいます。

タロットにはじめてコミットしたのは、大学の終わり頃でした。カードをまだ持っていない頃にインターネットでタロット占いを繰り返していたんですが、タイミングが違うのに同じ結果が出ることや、結果もピタリとあたっていることから気になりはじめたんです。その後、タロットは独学で10年以上続けていて。

――一方で、本屋さんを営みはじめるまでに、どのようなきっかけがあったのでしょうか?

宮岡さん:以前、庭師をしていたとき、庭づくりの参考書を探す中で出会った、フランシス・ホジソン・バーネット​​の『秘密の花園』(西村書店, 2006)です。

お庭の再生と人の心の再生がリンクした物語で、植物の力と人の心が作用しあっているということが描かれていました。当時、私自身興味を持っていたことが明確に物語として描かれていることに興奮したんです。

そのときに、「庭づくりの本と『秘密の花園』が一緒に置いてあるような本屋さんをやりたい」とスイッチが入りました。種まきや剪定の仕方といった庭づくりの技術的なことだけではなく、心の内面と庭の植物とのつながりを示してくれているような本を一緒に置くと素敵だな、と。

――『秘密の花園』が、本屋さんに目覚めるターニングポイントとなった本なんですね。どのように開店準備を進めていったのでしょうか?

宮岡さん:10年前ですが、いざ本屋をやろうと調べてみると「大手の取次との契約をしなきゃいけない」「保証金や事業計画書が必要」「売上はこれくらい見込めないといけない」といった厳しい条件が出てきてしまいました。夢が叶うのは数十年後かもしれないけれど、いつか実現するためにできることからやろうと決めたんです。まずは「一箱古本市」に出店したり『ナワ・プラサード書店(西荻窪)』でアルバイトをはじめたり。

また、仲良くなった人にも「いつか本屋をやりたい」と話すようになって。そのうちの一人が、いま同じ敷地でお店をやっているフローリストの『コトリ花店』さんです。共通の友人を介して知り合い、お店でカードリーディングなどのイベントを開催させていただくことになり、待ち時間でいつか本屋をやりたいと思っているという話をしていました。

いま『草舟あんとす号』がある場所はもともと苗木屋さんだったのですが、ある日コトリ花店さんから「来春から場所が空くから、お店をやってみませんか」と声がかかったんです。

――10年後、20年後の夢だと思っていたのが、いきなり来春。

宮岡さん:そうそう、いきなり半年後。貯金もなかったので半年間頑張ってお金を貯めて、本を仕入れるのに必要なお金を親に借りてスタートしました。いまは主に「子どもの文化普及協会」さんという、保証金なしで小規模な店舗に卸してくれる間口の広い問屋さんを通して、新刊もいれることができています。

――舟にぴょんと飛び乗るように、ビビッとご縁を感じた物事をすぐに手繰り寄せる行動力が素敵です。

書き手と植物とのよい関係があってこそ
よい植物の本が生まれる

――「草舟あんとす号」という店名の由来は?

宮岡さん:植物の本屋ということがわかるように草や花を入れるのと、お店のある「小川」という地名にちなんで「草の舟」。そこにもともと使っていた「あんとす」を入れて『草舟あんとす号』という店名にしました。「アントス(Antos)」はギリシア語で「花」という意味です。ロゴデザインは、フランスガムさんというイラストレーターの方につくっていただきました。

▷フランスガムさんとの出会いは、焼菓子店モイスェンの商品『光の粒』のパッケージ(写真提供:宮岡さん)

――世界観が凝縮された書棚から、一冊一冊丁寧にこだわって選ばれたんだろうな、ということが伝わってきます。選書をするときに、大切にしていることはありますか?

宮岡さん:コンセプトとしては、「植物と仲良くなるきっかけになる本」。来た人が、植物と仲良くなれそうと思ってくれる入口になりそうな本を置いています。あとは、「ずっと持っていたい」と思える本。テーマの背景に奥行きがあり、捉え方が広がる本、発見がある本が好きですね。

――私自身は植物も本も好きなので、この空間は幸せでしかないです。お目当ての本だけでなく、その周辺に置かれた本を通して視点が広がるのがリアルな書店ならではの良さですね。

宮岡さん:そうおっしゃってくれるお客さまに救われています。本が好き、植物が好きという方との交流で、面白い本をおすすめいただいたり、お取り寄せから知る本もあったりして、毎日楽しいですね。

古代からいまに至るまで、植物と人間との関わりについて本を書いてきた人たちがいて、それを読みたいと思っている人がいて、本をつくる人たちがいて……。そういう連綿と続いてきたつながりを大切にしたいと思います。よい植物の本には、著者と植物とがいい関係であることがにじみ出ていると感じます。著者がなぜそういう関係を持てたかというと、もしかすると昔の植物学者の本が背景にあるかもしれない。

たとえばハーブ研究家のベニシアさんは、メディアに出るたびに「ブルーベリーの実は鳥たちのために全部は取らずにとっておく」っておっしゃいます。そういう一言は、絶大な効果。たった一言ですが、自分の中に一度取り入れると、自分の行動や植物との関わりに変化が生じるんです。

「書いてくれてありがとう」「いってくれてありがとう」「読んでくれてありがとう」の連携があるのが、本の素晴らしいところだなと思います。

――お客さまはどういう方が多いですか?

宮岡さん:植物が生んでくれるご縁なのか、「植物と本が好きです」という申し子のような方々が、佐賀や青森といった遠方からわざわざ来てくださることも。一方で、地元の方にはまだまだ浸透しておらず、通りすがりの人に入ってもらいづらいという課題がありますが。

▷本だけでなく、紙小物も置いています。「同じ敷地内の『コトリ花店』さんや焼き菓子店の『conafe』さんでお買い物した人が、贈り物に添えるカードにもできるといいなと思って」と宮岡さん

最初は「いつの間にかきのこが生えていた」みたいな感じで、さりげなくはじめられたらと思っていたのですが、「お店をはじめます」と告知したら、多くの反響をいただきました。人生でこんなにお花をいただいたことはないなというくらい、皆さんがお祝いの気持ちを形にしてくださって。お店をやることは、人の気持ちを盛り上げることなんだと思いました。

――宮岡さんが選んだ本というのが大きな価値ですよね。

宮岡さん:ありがとうございます。お店の本は自分でも選んでいるけれど、「植物についての本は植物が人間に書かせたもの」と思っているので、植物や地球から預かっているという気持ちでもあります。そういう気持ちでやっていると、人間社会に左右されずにすむんです。

――素敵です。私自身、植物のことを考えていると、子孫の残し方や命のつなぎ方が多様なので心が落ち着きます。いざ野垂れ死んでも、きのこや根っこの栄養になればいいや、みたいな(笑)。

宮岡さん:全部植物たちに循環されると思うと、悲劇がなくなりますよね。バッドエンドなし、みたいな。

植物の力を借り、本当の自分とつながるお手伝いを

――『草舟あんとす号』と『あんとす堂』。宮岡さんが大切にされていることを教えてください。

宮岡さん:「人間の自己破壊的な部分が落ち着くといいな」という思いです。自分の心の問題に取り組まないと暴力という形で出てしまったり、お金持ちになりたいからと森林を破壊し尽くしてしまったりと、自分の破壊が周りの破壊につながっていく。自分が満たされて安定していたら、環境破壊にはつながらないんじゃないかな、と思うんです。

お天気に例えると、昼でも本当は星が光っているし、空が曇っていてもその上には太陽がある。でも気分によってそれが見えなくなってしまう。本当の自分といつでもつながれたら、自分以外のものに対して愛情深く生きられるんじゃないかと思っています。

人間は役割を課せられすぎて、「それに答えるのが人生」という風に考えられがちですが、建前と本音が違うとノイズが生じてしまいます。動物や植物、自然のありかたは全部ウソがなく、ありのまま。人間も本来そうやって生きていた歴史のほうが長いと思います。それを思い出したり寄せていくためのスイッチを持って生きやすくなるお手伝いできるのが、タロットやフラワーレメディだと思います。

▷当日実際にタロットのセッションをしてもらいました! 未来を描く、ワクワクする時間となりました。

――植物のように周りの環境の循環の一部としていられると、生きるのが楽になりそうです。

宮岡さん:そうですよね。そういう活動として「あんとす堂」を位置づけています。さらに植物が書かせた本をみんなが読めるといいな、そういう本をつくっている人が潤っていくといいな、という気持ちがあるので、すべての活動がつながっていますね。

自転車通勤をしている宮岡さん。「スーッと走ると楽な下り坂を、あえて重いペダルにしてゆっくり進むのが至福のひととき」だそうです。

●インタビュー・文 / 村田 あやこ
●編集・撮影 / 細野 由季恵