第64回目のゲストは、静岡・三保松原を拠点に、まちの魅力を“音”で伝える音声サービスをつくる株式会社Otono代表取締役の青木 真咲(あおき・まさき)さんです。
新聞記者として東京から静岡への赴任を機に、この地域にすっかり魅了された青木さん。退職後は、静岡に拠点を移し「このまちの魅力を伝えたい」という思いで一から音声サービスを立ち上げました。今回は、三保松原(静岡県静岡市清水区)にある青木さんのオフィスを訪ね、現在のご活動に至るまでの経緯や、静岡というまちの魅力を伺いました。
静岡に来て「地方都市」のイメージが180度変わった
──大学卒業後に入社された日本経済新聞の記者としての駐在が、静岡にはじめて訪れたきっかけと伺いました。静岡に対する第一印象はどのようなものでしたか?
青木さん:実は、静岡駅には降りたことすらなく、「ちびまる子ちゃん」や「お茶」の印象くらいでした。それまで大阪や東京という大都市に住んでいたので、表面的なイメージで「地方都市は寂れていて退屈なまちだろう」と勝手に思いこんでいたのですが、そのイメージが180度覆されました。
まず駅に降り立ったら、まちが明るくてきれいだったんです。石畳の道が続く駅前商店街には地元の干物屋さんやお茶屋さんなどが軒を連ね、城跡公園を中心にまちが整備されていて。まちゆく人が穏やかでニコニコと歩いている様子や毎日のように晴れわたっている空に、驚きました。
──もともと持っていた「地方都市」のイメージがガラッと変わったのですね。赴任後は記者として、まちや人とはどういう関わりがありましたか?
青木さん:地元企業の経営者やユニークな活動をしている方、新しくできた観光スポットなど幅広く取材していました。伝統産業の職人さんや十数代続く出汁屋さんなど、取材を通して地域ごとに育まれてきた歴史に触れて、静岡ってなんて豊かなんだろうと、ますます好きになりましたね。
また、政治と経済など、社会の各分野の距離が近いんです。
例えばものをつくってから消費者に届くまでに関わる企業は、東京のような大都市ではバラバラに存在していると思っていましたが、静岡ではぎゅっとまとまり、つながっています。政治と関わる市議会の議員さんがすぐそばにいたり、自分には縁遠いと思っていたお茶農家さんや藍染屋さんといった業界の方がまちの中にいたり。ふたりたどれば共通の知り合いがいるといったように、地域の政治や経済に関わる人たちが身近に存在しているのも、おもしろいなと感じました。
──政治家の方であっても「●●町の△△さん」と顔がすぐに浮かぶような距離感なんですね。いまは三保松原を拠点にご自身の会社「Otono」を経営されています。退職されるまで、どのような心境の変化があったんでしょうか?
青木さん:知れば知るほど、深みがあり豊かなまちだなと惹かれました。このまちに住んでいるだけで、常に自分もニコニコした状態でいられて、幸福度が上がっていたんです。でも当時の会社でのキャリアとしては、3年ほどで東京に戻ることが通常。静岡に住み続けるには会社を離れる必要がありました。
記者はすごくおもしろい仕事でした。でも、「自分はこれで生きていく」といったものがイメージできないまま、日々のタスクに忙殺されている状態で。社会人として5年経った頃、「どういう大人になりたいか」と思い描いたとき、会社で働き続けている自分は違うかもしれない、と考えるようになりました。そしたらある日突然「会社を辞めるという選択肢ってワクワクするな」と思い立ったんです。考えれば考えるほど悪いことは何もなかったので、退職することにしました。
地に足がついた思いが仕事の原動力になっている、静岡の人たち
──仕事の仕方を考え直したのには、この静岡で出会った人々から影響を受けた部分もあったんでしょうか?
青木さん:それはすごく大きかったですね。静岡でご商売されている方のお話を聞くと、社会や地域に対する思いが創業の原動力になっている方や、歳をとっても夢を追い仕事を続けている方がたくさんいるのが魅力的でした。ご自身の実体験の中で、地域や家業への思いや社会とのつながりがベースになった仕事には共感できましたし、かっこいいなとも思いました。
──地域の風土の中で生きてきた人生を通して考えたことと、それを生業としてどうアウトプットするかがつながっているんですね。
青木さん:例えばまちづくりに関していうと、まちが小さい分、ひとりの力やひとつの会社によって、まちが変わることを実感してきたんです。数年前までは地元の人すら興味や話題にあげていなかったようなまちでも、ひとつの会社がコンセプトをつくり直したり、横丁や新しいお店をつくったりすると人の動きが変わる、といったことをよく目の辺りにしました。
ひとりの力で貢献できることは、小規模なまちのほうが大きいのではという思いが湧きました。
──そうした出会いの数々が、青木さんご自身の起業につながったのでしょうか。
青木さん:最初は、自分が経営をしたいと思っていたわけではなかったんです。退職してから半年ほど経った頃、ブラブラしていた私を見て、「地域で新しいことをやりたい」と考えていた同世代の方たちに声をかけていただきました。
それで2017年後半ごろから、観光向けの音声サービスを立ち上げることになりました。
仕事は、自分のなりたい人生をつくるための一部
青木さんたちがサービスを始動した当時は、日本三大美港としても知られる清水港に大型客船が一気に入港し、国内外の旅行者が訪れる海の玄関となりはじめたタイミング。旅行者向けのおもてなしが整備できていないという課題から、「音でまちを劇場化する」というコンセプトのもと、地域の魅力を伝えるための音声サービスをつくりはじめました。
──現在は三保松原に拠点に、株式会社Otonoとしてショップ運営やメディア運営など、まちに関わる事業を幅広く手がけていらっしゃいます。
青木さん:音声サービスを立ち上げた際、最初の実証実験の場になったのが、三保松原でした。三保松原は静岡市で唯一の世界遺産で、観光客が最初に訪れる象徴的な地です。ただ、富士山と海と松という景観に紐づいた文化的・芸術的価値が認められて世界遺産になった場所なので、その価値はある程度解説が必要。だからこそ、音声で伝えることにフィットする場所でもありました。
三保松原を拠点に実証実験をスタートさせ、サービス立ち上げから1年ほど経った頃クライアントさんが見つかり、『株式会社Otono』として法人化することになりました。その当時、一番暇そうだった私が社長を務めることに(笑)。
当初はミュージアムの展示などに対する音声ガイド制作から、経験を積んでいきました。
──現在、株式会社Otonoでは、観光施設といった屋内向けの音声ガイドだけでなく、屋外を歩きながら地元の人の声で観光を楽しめる散策型音声ガイドサービス『おともたび』も企画・運用されていますね。『おともたび』は、どのようなきっかけで生まれたサービスなんでしょうか?
青木さん:私自身がこのまちならではの魅力に感動した原体験を遡ってみると、商店街や歴史を感じられる街道といった、屋外。また、旅をして一番印象に残っているのは、地元の方とのちょっとした会話だったりします。無意識に出てしまった方言も含めて、地元の方の声をダイレクトに伝えられる音声ガイドがつくりたいな、と思っていました。
構想を練りはじめたのは2020年春頃で、ちょうどコロナ禍にさしかかるタイミング。人と気軽に会えなくなったり、ガイドさん付きの団体ツアーが難しくなるなど、観光の形も変わりつつある時期でした。そんな中で個人が、地元の人との出会いを味わいながら、隠れた路地探索などを楽しめる旅がつくりたい、という思いではじめたのが『おともたび』でした。2021年末にリリースし、ありがたいことにサービスに共感してくださる他府県の方々からも導入をご依頼いただけるようになりました。これまで数十地域に導入していただいています。
──会社を退職され、他にはないサービスを一から立ち上げて、さまざまな地域に導入されて。ご自身の手で仕事をつくりあげてきた道のりを振り返って、いま感じていることを教えてください。
青木さん:私自身はもともと起業家精神やリーダーシップがあるタイプではなく、いまの立場にいるのも、本当にたまたま縁や運、タイミングです。音声でまちの魅力を伝えるというコンセプトを抱きつつ、「ガンガン稼ぐ」ということがモチベーションにはなっていなかったからこそ、「このサービスは地域のためになる」と、常に自分を信じ続けることが一番大変だったことかもしれません。
ビジネスプランコンテストのようなご褒美が提示されると、それで認められたような気持ちになるものの、「自分が本当にやりたいこと」や「やるべきこと」からは乖離していることに、時間差で気づいたりもしました。
前に進んでは後戻りしての繰り返しですが、小さな違和感にも向き合い続けてきました。その結果、いまの『おともたび』は、自分がやりたかったことや静岡を好きになったきっかけが形になったサービスだと、堂々ということができます。それに共感してくださる方がいるのも、本当に嬉しいですね。
──会社員だった頃から振り返って、仕事や暮らしに対する思いはどう変化しましたか?
青木さん:以前は仕事と暮らしは、別物だと思っていました。でも、活動している時間の大半に費やす仕事を、自分のなりたい人生をつくるための一部にしないともったいないと感じたんです。それはいまの私からすればごく普通のことですが、大きな会社の一員だと、どうしてもそう考えられない時期もありました。
自分の人生をよくするための仕事や暮らし、そして、住む場所。そうやって考えられると、みんなもっと幸せに生きられるんじゃないかなと、勝手ながら思っています。
──人生の幸せが中心にあって、それを良くするための仕事や住む場所、という関係性は健やかで素敵ですね。一方、人の移り変わりが多い大都市と比べて、まちに入り込むとどうしても座組を変えられない側面があるのではと思います。
青木さん:確かに物事が正しいかどうかよりも「誰が言ったか」が優先されるといった、ある種の不合理さもあります。ただ、人が簡単に入れ替わらない共同体の中で悪いことを考えている人がいると、地域全体に影響が出てしまいます。
だからこそ「この人が言ったから正しい」「この人の紹介だから信用できる」ということを大事にすることで、地域が守られる部分があるんだろうなと、最近になって思います。
──他の地域から来た第三者の視点だからこそ、見えてくるものもありそうですね。
青木さん:そうですね。たとえば、静岡という地域の豊かさに気づいていない地元の方はたくさんいらっしゃいます。わたしが来た頃から今も抱き続けている人や天候の印象は、かけがえのないまちの宝物ですよね。そうやって新しい発見や視点で地域を取り入れることは、地域を存続させたり、より良くするために必要な部分じゃないかなとも思っています。だからこそ、自分自身ができることを見つけたいですね。
「空と海を見ているとき」が至福のひとときという青木さん。海沿いの道を車で走って三保松原まで出勤する時間、毎日幸せを感じているそうです。
イベントのお知らせ SABOTENS × 三保松原
本ウェブマガジンでお散歩記事『まちのミカタ』を連載中のSABOTENSが、7月末より2ヶ月間、静岡市三保松原文化創造センター「みほしるべ」でPOPUP SHOPを開催中です。
会期中、オリジナルグッズの「家ンゲイはんこ」を使ってポストカードを作るワークショップや、三保のまちを歩くまち歩きイベントを開催します。
ご来場お待ちしています。
三保のまち探検ワークショップ
SABOTENS と三保のまちを歩いて何気ないまちの風景に潜む「お宝」を探す まち歩きイベント。
お散歩の後は見つけた「お宝」を紹介したり、オリジナルハンコでポスト カードを作る体験も。
・開催日:8月27日(日)、9月30日(土)
・開催時間:14:00〜17:00
・場所:コラボレーションスペースOtonoma(静岡市清水区三保1303-3)
https://otono-otonoma.studio.site/
・料金:500円(資料代・材料費・お土産込)
・定員:10名程度
・お申し込み:https://forms.gle/ZZ1SFRbhMJHBCmT67
はんこを押して三保の風景を作ろう!(共催:みほしるべ)
■はんこ体験コーナー
SABOTENSと一緒にオリジナルグッズ「家ンゲイはんこ」を使って、三保の風景を作ろう!
SABOTENSがはんこの遊び方をご案内します。
・開催日:8⽉26⽇(⼟)
・開催時間:14:00-16:30
・場所:みほしるべ(静岡市清水区三保1338-45)
・料金:無料
・定員:材料がなくなり次第終了
・お申し込み:不要
■はんこ体験コーナー(常設)
SABOTENSのオリジナルグッズ「家ンゲイはんこ」を使って、三保の風景を作ろう!
会場一角に設置した用紙に、自由にはんこを押していただけます。
・開催期間:7月29日(土)〜9月30日(土)
・開催時間:9:00-16:30
・場所:みほしるべ(静岡市清水区三保1338-45)
・料金:無料
・お申し込み:不要