

札幌で猫たちとオットーさん(夫)と暮らしながら、SNSでの作品発表やライブペイント配信を通じて猫好きから厚い支持を集めるイラストレーター、三上かおりさん(以下、かおさん)。抽選で選ばれた猫を描く「おたくの猫ちゃん描きます企画」(通称「おたねこ」)で出会った猫は、これまでになんと700匹以上。その姿や性格をイラストで表現してきました。
「描くこと」と「猫」を軸に、暮らしと仕事を重ねながら歩む日々。かおさんのそばには、いつも猫がいて、描くことでまた猫好きさんとつながっていく。そんなあたたかな循環を生む、かおさんにお話を伺いました。
そばにはいつも猫がいた
取材当日はかおさんのご自宅にあるアトリエにお邪魔しました。さっそく、猫のスニフさん(茶トラ)、プッチさん(黒猫)、ペンコさん(パステルサビ)、ポジテさん(きじしろ長毛)たちの姿や気配も感じます。インタビューは、そんな猫たちとの暮らしを聞くことからスタートしました。
──猫との暮らしの原点を教えてください。
かおさん:5歳の頃からです。兄が神社で拾ってきた三毛猫で、名前は「ホームズ」。
ちょうど読んでいた、赤川次郎さんの『三毛猫ホームズ』の本をぱたんと閉じて、「この子はホームズだ!」と兄が言ったんです。
──かっこいいエピソード!
かおさん:ツンデレで気高い「ザ・猫」という性格で、とてもかわいかったです。23歳まで生きてくれました。
物心ついたときから猫がそばにいたので、猫がいない生活に耐えられなくなって……。
オットーと暮らし始めて1年ほど経って、ご縁あって、スニフとプッチという2匹の猫と暮らし始めました。


──どのように2匹は家族になったんですか?
かおさん:オットーの知人がSNSで里親募集をしていたんです。見に行くと多頭飼育の劣悪な環境で、「今日引き取ってもらえなかったら保健所に連れて行く」とまで言われていた状況に、ありえない!と、すぐに2匹を連れて帰りました。
──かおさんのInstagramでは、パートナーであるオットーさんもよく登場されていますね。オットーさんは、猫と暮らすのは初めてだったとか。
かおさん:はい。しかもアレルギー体質。でも猫アレルギーと私の気持ちを天秤にかけて、私を優先してくれました。
──愛ですね……!
かおさん:最初は、猫がぐるぐると喉を鳴らす意味すらわからず、恐る恐る接していましたが、今では私以上に猫おじさんになってしまいました(笑)。
──再び猫との暮らしが始まって、どんな変化がありましたか?
かおさん:私とホームズは兄弟のようでしたが、スニフとプッチは「私が育てる」という責任感がありました。ホームズとは性格も真逆で、新しい発見ばかりで。
その後やってきたのがペンコです。前職の会社の倉庫に住み着いていた子で、防犯センサーが反応して見つかりました。ふっくらしてきれいな猫だったので、飼い主がいるかもしれないと、警察に連絡した上で、Instagramのアカウントを開設して情報発信も始めました。ところが3ヶ月経っても飼い主は見つからなくて。ご縁だと思い、家族に迎えました。
そして4匹目のポジテは元々近所の野良猫。札幌は外飼い禁止なのに、なぜか近所に野良が多くて。中でも長毛のポジテはボロボロで気になっていたんです。近所をみまわっていた保護猫活動家の方に状況を共有していたところ、なんとなく三上家で引き取る流れに。最初は迷いましたが、これも運命だと思って家族として迎えることにしました。


「おたくの猫ちゃん、描きます」から広がる活動
「おたねこ」がはじまったきっかけは、ふとした思いつきだったそうです。ファンたちを魅了するイラストは、どのようにして生まれているのでしょうか。

──「おたねこ」のはじまりを教えてください。
かおさん:猫の飼い主探しがきっかけで始めたInstagramに、スニフとプッチの漫画を載せるようになったら、少しずつフォロワーが増えていったんです。フォロワー50人を達成した時、「50人全員の猫ちゃんを描こう」とひらめいて。呼びかけたらあっという間に応募が集まりました。
当時はデザイナーとして働いていましたが、クライアントワークが中心で、自分の好きな絵を描くことがあまりなく、いい息抜きにもなるなと思ったんです。
──ご依頼から完成まではどのような流れなんですか?
かおさん:SNSの抽選でのプレゼント企画*とオーダーの2種類があります(*現在、プレゼント企画は不定期開催)。フォロワーさんの猫ちゃんを、Instagramのライブ配信中に描くというものでした。希望する方は事前にコメントで猫ちゃんの名前や体格などの情報を教えてもらって、当選したらあらためて写真を送っていただいて、配信中にその場で描いていく、という流れです。

──ライブペインティングのような感じなのですね!自分の猫の絵がその場で出来上がっていくのを見るのは嬉しいでしょうね。
かおさん:まさにそうみたいです!「この猫ちゃん、かわいい!アカウント見に行きますね」など、コメント欄でフォロワーさん同士の交流がどんどん広がっていくのも面白くて。猫を描いてもらっている方も、自分の猫を褒めてもらえてうれしそうでした。
──写真やテキストの情報からイラストにする際は、どのように特徴をつかんでいくんですか?
かおさん:変な話ですが、そこまで頭で考えていなくて、気づいたら完成してるんです。人間の似顔絵も結構得意なので、特徴を掴むのに慣れているのかもしれません。
iPadを使って描いているんですが、メインの猫ちゃんの周りの装飾パーツに関しては、事前にイラストを作成しておいて、スタンプのように組み合わせられるように準備しておくなど、できるだけ早く完成させる工夫をしています。

──なるほどー!
かおさん:最近は新たな試みとして、「出張!おたねこイラスト会」を始めました。直接お会いして、写真を見せていただきながら、その場でイラストにしていくという試みです。
これまで3回開催しましたが、いつもオンライン上でのやり取りだけだった方と直接お会いできるいい機会になりました。
もう亡くなった猫ちゃんを描いていたら、イラストが完成に近づくにつれて静かに涙を流す方もいて。きっと猫ちゃんを思い出したのかな、と思います。
──今いない猫ちゃんが、どんどん目の前で形になっていくと、もう一度会えるような感じがしますね。

700匹を描いて気付いた、変わらない存在感
「おたねこ」は、似顔絵作成にとどまりません。飼い主さんの想いに寄り添い、時には時間を超えた再会を叶えることも。多くの家族に触れてきたかおさんが、描く中で感じたこととは。

──これまで700匹の猫とその飼い主さんの物語に触れて、印象的だったことはありますか?
かおさん:1枚の絵の中に、もういない猫ちゃんと、今の猫ちゃんと一緒に描くこともあります。皆さん、亡くなった猫ちゃんと今いる猫ちゃんの話を、同じテンションでされるんですよ。亡くなった猫ちゃんは、思い出ではなく、今も飼い主さんのご家族の中にずっといるんだなと思いました。
──イラストの中だと、等しく一緒にいられるのがいいですね。
かおさん:普段はあまり仲良くない猫ちゃん同士を、一緒にイラストに描くと喜ばれますね。
猫ちゃん同士は、犬と違って散歩して別の猫に会わせることができないので、「お友だちの猫ちゃんと一緒に描いてほしい」というご依頼もあります。
──おたねこを始めた当初は、クライアントワークが中心だったとおっしゃっていました。好きなモチーフでの制作活動に取り組むようになったことで、ご自身の中で変化や発見はありましたか?
かおさん:「好きなものしか描きたくない」と思って会社を辞めたので、「こんなに好きなものばかり描いていていいのか……!?」と、逆に不安を覚えるくらいです(笑)。猫4匹と平和に暮らして、猫の絵を描いて、依頼してくださる方にも喜んでいただける。人生の最高到達点です。

──感謝をダイレクトにいただけるというのは、企業相手のお仕事とはまた違いそうですね。
かおさん:そうなんです。エンドユーザーのお話や反応を直接聞ける場は、今までほとんどなかったので、「生きている」という実感がします。
──より、描く喜びにつながっているんですね。
自然体の自分を受け入れ、進んでいく選択をした
インタビューの後半、話題はかおさん自身の内面の変化へ。猫や周囲の人々との関わりの中で、少しずつ心境が変わっていったそうです。これまでは顔出しをせずに活動してきましたが、実は今回の記事で、はじめて顔出しをしてくださることになりました。

──これから取り組んでみたい活動として、思い描いていることはありますか?
かおさん:実はこれまで顔出しせず活動してきたんですが、このインタビューで初めて顔出しします。編集者の細野さんが少し前にポジテに会いに来てくれたとき、私の人生を開いてくれようとしてるんだなって思って。また新しい人生の岐路に立っていると感じて、そのチャンスは逃さないようにしようと思ったんです。
──顔出しは、どのような決意表明だったんですか?
かおさん:作っているものに自信はあるものの、最終的に自信が持てない状態がずっと続いていたんです。フォロワーもいっぱいいるけれど、上を見ればきりがないし、私は美人じゃないから顔出ししても嬉しい人がいないし……みたいに、ちょっと卑屈になっていたんです。
でも30代後半になって、「別に、もういいか」って。むしろどんな人が描いてるのかわかったほうが、より信頼できるじゃないですか。顔を出して発信しているということには責任感が伴うので、逃げ道をなくしたい、という思いもありました。
──noteでは自己紹介として、これまでの歩みや悩みが等身大の言葉で綴られているのが印象的でした。文章としての自己開示も、決意表明のひとつだったのでしょうか。
かおさん:これから顔出しをしようと思っていた今のタイミングで、まずは自分のことを言葉にしたい……と、note『三上かおり。イラストレーターです!』を書いたんです。誰が読むかわからないけれど、まずは広いインターネットにただ投げてみよう……というくらいでしたが、こうやって誰かに届いたのがすごく嬉しいです。
──その中で、「絵柄や表現が定まらないのが悩み」と書かれていましたね。
かおさん:絵柄の定まっている有名なイラストレーターさんに、ずっと憧れを持って生きてきましたが、性格的にそれは無理だなと、30代後半に入ってようやく諦めました。

──私からすると、むしろいろんな絵柄が描けるのはすごいと思ってしまうんですが、できてしまうからこその悩みがあるんですね。
かおさん:商業イラストレーターとしては重宝されるのかもしれませんが、自分が描いたイラストが、全く欲しいとも思わないものになって流通していくことに納得できないなって、ずっと思っていて。
また、絵柄を統一してそれで有名になってしまったら、その絵しか描けなくなってしまうことも悲しいなと思って。
結局のところ、飽き性なんですよね。平面だけでなく張り子やぬいぐるみまで作ったり。そういう性分があるので、我慢せずに自然体な自分を受け入れていったほうが、気持ちよく生きられるんじゃないかと思っています。
──大事なターニングポイントで、インタビューを受けてくださって、ありがとうございました。


寝たいときに寝るのが至福のひととき、というかおさん。お昼寝タイムには4匹の誰かしらが添い寝してくれるそうです。


