佐々木 知幸
ゲスト
佐々木 知幸 / SASAKI Tomoyuki
ネイチャーガイド、造園家、樹木医
ネイチャーガイド、造園家、樹木医。1980年埼玉県生まれ千葉県育ち。千葉大園芸学 部緑地・環境学科緑地生態学研究室卒。都市に生物多様性をもたらす庭づくり&ランドスケープデザイン。北鎌倉たからの庭みちくさ部長/ハルメク花さんぽ講師。
村田 あやこ
記事を書いた人
村田 あやこ / Murata Ayako
ライター
お散歩や路上園芸などのテーマを中心に、インタビュー記事やコラムを執筆。著書に『た のしい路上園芸観察』(グラフィック社)、『はみだす緑 黄昏の路上園芸』(雷鳥社)。「散歩の達人」等で連載中。お散歩ユニットSABOTENSとしても活動。
細野 鴨
編集・撮影
細野 鴨 / Hosono Kamo
WEB編集者、ディレクター
札幌出身、東京在住。フリーランスのWEBエディター/ディレクター。エントリエでは 副編集長としてWEBマガジンをお手伝い中。好きなものは鴨せいろ。「おいどん」という猫を飼っている。

食べ物として、家具として、衣類として。あまりに身近な存在すぎて、わざわざ目を向ける機会は少ないかもしれない、植物。いつもの道に生えている草の名前を一つ知るだけで、風景の見え方は大きく変わります。
植物観察は「宝探し」と語る、ネイチャーガイド・造園家・樹木医 佐々木知幸さん。その原点となった体験や、これまでの歩み、そして新刊『みちくさ手帳 いつもの道の「あの草なに?」がわかります!』について、お話を伺いました。

植物観察は宝探し

──佐々木さんが植物に興味を持った原点は?

佐々木さん:埼玉県小川町で生まれ、千葉県市原市で育ちました。実家は農家で、周りは田んぼ。庭には祖父が植えた木があり、小さい頃から植物に囲まれて育ちました。
母方の祖母も牧野富太郎の図鑑を愛読するくらい植物好き。母の実家は埼玉の越生町といって、梅林で有名な場所です。夏休みのたびに遊びに行って、近所の山で植物だけでなく虫や魚と触れ合った記憶が強く残っています。

──当時から、植物と関わる仕事をしようと思っていたんですか?

佐々木さん:全く考えていませんでした。ただ学ぶことが好きだったので、学校の勉強は得意。漠然と環境問題にも関心がありました。家から通える場所で環境を学べる大学ということで、千葉大学を受けることに決めました。実は、当時ちょっと片思いしていたクラスメイトが受験すると聞いたことも、大きなきっかけです(笑)。彼女は結局別の大学に行ってしまいましたが……。
晴れて合格して、親戚にもたくさん「おめでとう」と言ってもらえたのに、その子は別の大学。全然テンションが上がりませんでした(笑)。

──大学ではどんな勉強をされたんですか?

佐々木さん:家が貧乏だったので、とにかく学費の元を取ってやる!と1コマ目から6コマ目まで、面白そうな授業は受けられるだけ受けていましたね。

植物って面白いと思った大きなきっかけは、2年生の頃に参加したフロラ調査実習です。「フロラ」とは、ある地域に生息する植物の全体像のこと。横浜国立大学の奥田重俊先生にガイドしていただきながら植物を観察し、名前を教えていただく。今まさに僕がやっているようなことを行いました。
奥田先生のお話が、すごく面白いんですよ。例えば「ニガキ」と言って、食べるとすごく苦い木があるんです。ある時、なにも説明なしに「これ、食べてみて」と言われて食べたら、ものすごく苦かった。

──強烈な体験ですね!

佐々木さん:奥田先生は、学生とフランクにやり取りしてくださるお人柄でしたが、植物生態学のジャンルでは日本を代表する偉大な方。ご一緒したことで、植物に対する解像度が一気に上がりました。奥田先生を呼んでくれた恩師にも感謝です。
そこで「植物って面白いじゃん!」と、大学二年生にしてようやくスイッチが入りました。

──どういうところに、特に楽しさを感じたのでしょうか。

佐々木さん:知らなかった植物の名前を知れるのが、宝探しのような感覚だったんです。子どもの頃から見慣れている植物でも、名前を間違って覚えていたものがあったり、掘り下げたらいろんな種類があると知ったり。どんどん分かるようになっていくのが面白かったですね。

詳しくなると、「佐々木くん、これなに?」って同級生からも聞かれるんですよ。女子も聞いてくる。僕、もしかしてモテてるのか?って(笑)。しょうもない話ですが、自分が知れば知るほど周りから頼りにされるのも嬉しかったんです。

いつも中心にあったのは「植物」

──大学卒業後、今の仕事に至るまではどんなご経験を積んだのでしょうか。

佐々木さん:卒業後は、学生時代のアルバイト先だった会社に、そのまま就職しました。植物の図鑑や樹名板などをつくっている会社で、公園の植物を紹介する月刊冊子の編集から、看板設置まで、さまざまな仕事に取り組んで。
最初は電話対応もままならない状態でしたが、会社の先輩をはじめ、いろいろな方たちに支えられました。

6年ほど勤めた後、造園設計の会社に転職し、公園の設計からホームページ制作、植物観察会のアシスタント。並行して、大学の先輩の縁で、市街地活性化のコンサルティングも手掛けました。

──編集からコンサルティングまで、さまざまな業務経験を積まれたんですね。

佐々木さん:幅広い仕事に携わりましたが、中心にあったのはいつも植物。最終的なメディアが違うだけで、「植物や自然の情報をいかに集めて発信するか」ということは共通していました。

──佐々木さんの観察会では、土地の歴史から目の前の植物の特徴まで、幅広い情報を体系立ててお話いただけるのが楽しいです。その背景には、植物を軸に幅広い発信に取り組んだ仕事経験があるんですね。

佐々木さん:キャリアのスタートが編集者だったというのが大きいんでしょうね。無我夢中でしたが、気づいたら持っている道具が増えていきました。

造園設計の会社を退職した後、そのままフリーランスになりました。
前職の同僚の縁で、北鎌倉の「たからの庭」というシェアアトリエを訪れたんですが、そのとき運営の島津克代子さんから、「これだけ植物をたくさん知っているんだったら、ワークショップをやりませんか?」と声をかけてもらって。
それで「みちくさ部」という植物観察会が始まりました。

──「みちくさ部」は今もずっと、たからの庭で定期開催されていますよね。

佐々木さん:さらにご縁あって、島津さんが運営する鎌倉のシェアハウスに入居することに。島津さんの地元のつながりのおかげで、鎌倉での仕事が広がっていきました。お庭のあるおうちが多いので、仲間の庭師と一緒に、庭の仕事も手掛けるようになりましたね。調子の悪い樹木に対処しなければならない場面があり、必要に迫られて樹木医の資格も取って。そんな感じで、仕事が広がってきました。

──人のご縁が途切れずに、さまざまなお仕事へつながっているのが素敵です。

他の植物本とどう差別化する……? 悩みながら4年がかりでつくった『みちくさ手帳』

──4月には、新刊『みちくさ手帳 いつもの道の「あの草なに?」がわかります!』(文一総合出版)を出版されました。わかりやすい検索表が付いていたり、見分け方がイラスト付きで紹介されていたり。街なかの身近な植物観察の入口になる本だなと思いました。

佐々木さん:10年前に1冊目の本『散歩で出会うみちくさ入門』を出したんですが、少し判型が大きかったので、「もっとコンパクトな本をつくらないの?」とよく尋ねられていたんです。文一総合出版では『野鳥手帳』という野鳥観察の入門書を出しており、それがとても評判がよく、同じ判型で植物版もつくろうということで声をかけていただいたのが、出版のきっかけです。
ただ正直なところ、最初は悩みました。

──そうだったんですね。ちなみにどんな悩みがあったのでしょうか。

佐々木さん:身近な植物を観察する本はたくさんありますし、植物に関する幅広い知識を持つ個性豊かなガイド仲間もたくさんいます。
「1冊目の本をコンパクトにして気楽に進めましょう」みたいな感じでスタートしたんですが、いざつくり始めると、今さら僕が本を出す意味はあるの? と、レッドオーシャンの中でどう差別化するかで悩んでしまって。
結局、刊行までに4年かかりました。

──方向性に悩む中、どのように完成まで進めてこられたんでしょうか。

佐々木さん:まずはとにかく手を動かそうと、掲載する植物のリストアップから始めました。
既存の図鑑では里山の植物を含めた本が多いので、新刊はまちの植物に特化することに。植物に興味があまりない人でも、必ずどこかで出会っている植物、という部分を尖らせることにしました。
野草から帰化植物、園芸植物、樹木まで、とにかく色々な図鑑を参照して。ページ数との戦いで、ボクサーのように苦しい減量もしながら、最終的に掲載する植物を決めました。
その後は季節ごとにカテゴライズし、構成をある程度固めてから、一種類ずつ原稿を書いていきました。

──見分けるポイントに関する解説も分かりやすいです。こだわった点は?

佐々木さん:たとえばエノキグサという植物は、よくエノキという木と似ていると言われますが、エノキの写真がないと分からないですよね。それで、エノキの写真も同じページに掲載。
またホトケノザには、名前の由来となった仏様の蓮華座の写真、ナズナには、別名のぺんぺん草の由来となった三味線のバチの絵を添えています。

『みちくさ手帳 いつもの道の「あの草なに?」がわかります!』より。ハート形の実が三味線のバチに例えられるナズナ。名前の由来となった三味線のバチの絵が添えられる。同じく平べったい実が武将の持つ「軍配」に例えられるマメグンバイナズナ。解説として「軍配」の絵が添えられる。(画像提供:文一総合出版)

──植物名の由来となったものを一緒に参照できるんですね!ただ聞いているだけだと「ふむふむ」と分かった気になってしまいますが、こうやって一歩踏み込んだ情報を知れると、グッと目の前の植物に親しみが湧きますね。

佐々木さん:「もし自分が初心者だったら、この情報があったら嬉しいな」と思うものを、じゃんじゃんと入れていきました。
見本誌が届いた後、実際に観察会で持ち歩いたんですが、説明の助けになり、自分で作っておいてなんですが、ものすごく便利だなと実感しています(笑)。

植物と自分との接点をつくる

──一般の方に向けて、植物と親しむ入口を開く上で、大事にしていることはありますか。

佐々木さん:目の前の植物が自分に関係のある存在だ、と思ってもらえることを意識しています。たとえば自分が育てている植物のことは、やっぱり忘れないし好きになりますよね。
一方、雑草のようなどこにでもある草は、自分と関係性がないから興味をもたれにくいし、気づきもされない。そこでルーペを使って観察したりして、まずは「そこにいるんだ」と気づいてもらうことを大事にしています。

あとは、「食べられる」「ここに使われている」など、普段の当たり前のこととのつながりが意識できるようなお話をします。
「自分とも関係があったんだ!」という驚きや楽しさがあると、後から思い出してもらえますよね。

植物観察会の様子。(画像提供:佐々木さん)

──今までいただいた反応で嬉しかったものはありますか?

佐々木さん:「佐々木さんのお話を聞いてから、身近にあるのに気づいていなかった植物を発見するようになって、風景の見え方が変わりました」と言ってもらえたのは嬉しかったですね。
これからも、目の前の風景が変わるような活動を積み重ねていきたいです。

実はこの間、クモのガイドをしている仲間と観察会をご一緒したんですが、「専門家の目にかかれば、こんなにクモが見えるんだ!」と驚いて。
ああ、僕がやっているのもこういうことなんだなと気付きましたね。

──私もまさに、佐々木さんのお話で視点を変えていただいた一人です!

佐々木さん:僕自身も、学生時代に恩師たちや奥田先生に変えてもらったと思います。そうやっていろんな人のお陰で、自分の見えるものが広がってくる。いろいろ見えたほうが世界はカラフルになりますよね。

──暮らすこと、生きることが楽しくなりますね。

千葉の海岸で不意に出会ったスカシユリ。(画像提供:佐々木さん)

「自然が多いところにより惹かれる」という佐々木さん。誰もいないようなところを一人歩いて、輝く花に出会うと、ドーパミンがたくさん出るんだそうです。