エイミーことエントリエ編集長の鈴木栄弥(すずき・えみ)が気になる人を訪ねて、自分らしい暮らし方や生き方のヒントをいただいてしまおうというこのシリーズ。第21回目のゲストは一級建築士の加藤渓一(かとう・けいいち)さんです!

子どもの頃に秘密基地をつくったような、純粋な喜びにつながる体験を。

加藤渓一(かとう・けいいち)さん。1983年東京都八王子市生まれ。武蔵工業大学(現: 東京都市大学)大学院修了後、MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO所属。2010年 studioPEACEsign設立。翌年HandiHouse project始動。「妄想から打ち上げ」を合言葉にデザインから工事のすべて自分たちの「手」で行う集団の一員。ロックバンドのライブの様に演者と観客が一体となって盛り上がり、熱狂の渦が巻き起こるような家・場づくりを目指す

建築士としてさまざまなプロジェクトに関わる加藤さん。なかでも、「HandiHouse project」 は、つくり手だけで家をつくるのではなく、施主であるお客さんも巻き込んだ家づくりの新たな形として注目を集めています。今回は、ご自身でリノベーションを手がけたという事務所兼ご自宅にお邪魔してお話を聞かせていただきました。

*HandiHouse projectの公式サイトはこちら

「傷も思い出に残したくなる」、愛着の持てる家づくりを

マンションをリノベーションした八王子市内にある加藤さんの事務所兼ご自宅

――ご自宅もご自身でリノベーションをされたんですね! 他にも、棚や机、椅子 などのインテリアも全てご自身でつくることができると、暮らしも豊かになりそう。現在、家づくりに関わるさまざまな活動をされていますが、そのきっかけを教えてください。

加藤さん:加藤家の元々の家業が大工だったんです。太平洋戦争の空襲で焼けた八王子市内にある子安神社や建築物を曽祖父と一番多いときで10人もいたお弟子さんと修繕したと聞いています。そして、僕が小学校4年生のとき、その工務店を継いだ叔父さんが実家の建て替 えをしている様子を間近で見て「家づくりっておもしろい」と思ったのが最初です。

――大学卒業後は、建築士としてアトリエ系建築設計事務に入社されたと伺っています。

加藤さん:はい。でも、実際に社会に出て家づくりに関わってみると、家づくりの行程は建築士や大工さん、工務店さんと細分化されていて。もちろん分業のメリットもあります が、ときには責任のなすりつけ合いになってしまうこともあり、僕には合わないかなと思いはじめました。

――それで、独立されたんですね。

加藤さん:会社を辞めた後は、設計部のある工務店で働こうと思っていたんです。つくり手との距離が近い環境で設計をすれば分業であっても関係は近くなる。やりたいことにつながると思っていたんです。 そんなときに、「HandiHouse project」のコンセプトをつくったメンバーから声をかけてもらって一緒にプロジェクトに関わることにしたんです。分業への反骨心が今の活動の原動力かなと思います。

お客さまと一緒になって、つくる楽しさを伝えたい

――「HandiHouse project」とは、どういったものですか?

加藤さん:「妄想から打ち上げまで」というコンセプトのもと、お客さまと一緒に家づくり をします。「どういう家にしたいか?」ということをお客さまと一緒にイメージして設計していくんです。それから、現場に入って、壊して、つくって……完成後は、一緒に打ち上げをしています。

――どうしてお客さまも一緒に?

加藤さん:家がつくられる工程を考えることや現場はものすごくクリエイティブで楽しいのに、なぜそこに住む人(=お客さま)はいないんだろう? という疑問を持っていました。それに、住む人が「つくり手の顔が見えない」という状態は、信頼関係につながらないし、不健全だと思うんです。

――具体的には、どのような工程になりますか?

加藤さん:例えばプロジェクトが2015年に携わった「青葉台の家」。ご主人は平日仕事があるので、毎週土曜日を作業日に決めて、工事がスタートしました。

加藤さん:みんなで解体したり、下地をつくったり、ペンキを塗ったり。ご主人はこの後、家づくりにはまっちゃって、最後はローテーブルをDIYしていました。

――究極のDIYですね……!

加藤さん:家づくりにおいて分業をやめると自分たちでコントロールできることが増えます。僕たちも設計から完成まで責任を持ってコミットできる。これは、お客さまにとっても良いことだと思っていて。

それに、一緒につくっていくことでお客さまとの信頼関係が育まれやすいから、お互いに意見も言いやすくなる。あと、工事中に傷ができても、そのまま残しておきたいな……みたいに良い思い出になっちゃう。

――予算やスケジュール、技術面で大変なことも多いと思うのですが……?

加藤さん:その辺はお客さんの要望に合わせます。どのくらい工事を一緒にしてもらうかを含めて調整しますね。一緒につくることが理由で工期が長いとか、予算がかかるとかかからないとか、そういうのは全くないです。

家づくりを体感することは、喜びにつながる

「日野の家」は、施主であるご主人が内装のほとんどを手がけ、個性があふれています。

――お客さまからはどんな反響がありましたか?

加藤さん:「青葉台の家」のご主人のように、つくることにはまっちゃうんですよね。 DIYでできることの可能性に気づく。この「日野の家」のお客さまは、「家づくりに対する勇気と覚悟を得ることができました」と仰っていました。

――家具もほとんどが手づくりなのでしょうか?

加藤さん:はい。扉や本棚は、廃材を組み合わせてつくったもの。ここまでできるのは もちろんお客さまの力もありますが、一緒につくったという価値が現れているなと思います。

家具ひとつとっても、購入することが当たり前だったものが、材料を選ぶところからはじまる。自分でつくることって、子どものころに秘密基地をつくったときみたいな、純粋な喜びにつながる行為だと思うんですよね。

完成後も繋がりは残るので、何かあったら僕らに聞けば大丈夫という安心感もあるし。まさに「HandiHouse project」の理想を体現してくれています。

――家づくりで繋がった人同士で長いお付き合いになりますね。

加藤さん:そうなんです。最初に「妄想から打ち上げまで」がコンセプトといいましたが、 これからは「妄想の手前から打上げのその先まで」を掲げていきたい。施工してつくって終わりじゃなくて、もっとその幅を広げたいなと思っています。

――今後の展望となりそうですね。

加藤さん:まさに今、オンラインサロンを利用したプロジェクトのコミュニティを立ち上げているところです。みんなが住まいに対する期待値やリテラシーをあげ、意識がどんどん上がっていく。そうなると家族ができて家を買うとき、全然違う景色が見えると思うんで す。失敗してもいいし、なんならここにいる人に聞けばいいやとハードルが下がって、気持ちが軽くなる。それは僕らだからこそできることかなと思っています。

「休みの日に料理をつくり、ご自宅の家のテラスで過ごすこと」が至福のひとときだと語ってくださった加藤さん。ご自身のプロジェクトで行われていることがまさに体現されていました。楽しみながら暮らす豊かさをあらゆるところに感じる、素敵な空間でした。

お話を聞いた人

●エイミー編集長

鈴木・栄弥(すずき えみ)。小さな頃から建築士に憧れ、建築模型つくりやチラシの間取りを見て生活を想像することが好きな暮らし妄想系女子。現在のホームテック株式会社では、2級建築士として働きながら『ライフスタイルマガジン エントリエ』の編集長を勤めている。

この記事を書いた人

●文 すだ あゆみ

1984年東京都生まれ、横浜市在住のママライター。活字中毒で図書館と本屋が最高の癒しスポット。すき焼きの春菊が苦手。ここ数年、筋トレにはまっている。

●編集 細野 由季恵