エイミーことエントリエ編集長の鈴木 栄弥が気になる人に、自分らしい暮らし方や生き方のヒントをいただいてしまおうというこのシリーズ。第30回目のゲストは、長野県佐久市で家具屋ネモファニチャーを営む荻原さんご夫妻です!

自分らしさに再び向き合う。夫婦二人三脚の働き方のかたち

荻原 綾(おぎわら・あや)さん
ネモファニチャー インテリアコーディネーター。長野県小諸市出身。2007年に結婚後、2009年に自宅の一部を使い雑貨店をオープン。自身が製作した雑貨や作家さんの雑貨を買い付けて販売していたが、子育てとの両立が難しくて一度お店を閉める。現在は家具職人の夫・敬さんが立ち上げたブランド「ネモファニチャー」に勤務。またirrma.(イルマ)として作家活動も行なっている。

荻原 敬(おぎわら・けい)さん
ネモファニチャー代表。長野県佐久市出身。土木工事の現場監督から木工家具製作へ。家具と雑貨のショップスペースを2017年に改装し、ネモファニチャーのショールーム兼事務所に。

ご夫婦で営む素敵な家具屋さんがあると聞きつけ、LIFE STYLE MAGAZINE entrieの副編集長細野が向かったのは長野県佐久市。リノベーションを通し、お客さまとお話をするなかで家族を持つことや生活環境の変化は、「自分らしさ」を見直すタイミングであることを感じます。そこで今回は、東京から離れたまちで、“自分たちらしく働く”ことや、“家族を持つことで変わる仕事感ってなんだろう?”……そんな疑問へのヒントをもらうべく、荻原さんご夫妻にお話を伺うことにしました。

結婚・出産・子育てを経て、
地域で「自分らしい」キャリアを探す

――元々は雑貨屋を営んでいたそうですね。

綾さん:はい。私たちが結婚したのは13年前のことなんですが、その前から夫は家具をつくっていて、私は別の仕事をしていました。結婚して仕事を辞め、今の家を建てることになって、夫が営む家具のショールームスペースをつくりたいという話になったんです。そのとき「ショールームだけだと人は来るのかな?」と、雑貨屋を開きました。

だから、最初はそこで小さなお店をやっていたんですけど、子どもができてからはなかなか毎日お店が開けられなくなってしまって。

――仕事と育児の両立が難しかった?

綾さん:子どもが生まれる前までは、食器とかの雑貨や作家さんの作品を扱ったりして、毎日お店を開けていたんです。週1〜2日を定休日にして、フルタイムで店を開いていました。でも子どもが生まれると、職住一体だったものだから、どうしても子どものことが気に掛かっちゃって。

お客さんが来ているときも、「子どもの面倒をどうしよう」と思ってしまうんです。最初は子どもを見ながら働こうと思ってはじめたんですけど、やってみたら難しかったというか。仕事と子育てって、どちらかに偏ってしまうと、罪悪感が生まれちゃうんですよね。

――そうなんですね。

綾さん:だからお店は一度お休みして、夫の家具製作は続けることにしました。でも2人目が生まれて、そろそろ仕事に復帰したいなって思って。もともと「人が生活すること」に興味があって、短大では生活科学科を専攻していたんです。そこで住環境のデザインも勉強して、そのときにこれが仕事にできたらいいなっていう憧れもあって、インテリアコーディネーターの資格を取ることにしたんです。勉強をはじめたら、「これ、私がずっとやりたかったことだ!」って、みるみる情熱が蘇ってきました。

――インテリアコーディネーターの資格を取っただけではなく、仕事復帰に向けて佐久市のママに向けた働き方講座に参加したそうですが、なぜ受講することにしたのでしょうか?

綾さん:インテリアコーディネートの知識を仕事に活かしたいなって思ったものの、「どうはじめたら良いんだろう?」、「他のママたちはどうやって仕事と育児を両立させようとしているんだろう?」っていうのがありましたね。それに、世の中と関わっていない感覚が強くあって……「あれ、大人とどうやって話すんだっけ?」みたいな(笑)。そんな状況で復帰するのが怖かったのかな。仕事のスキルの面でも自信がなかったから、普通のビジネス講座とは違うママ向けの働き方講座なら自分のためになるんじゃないかなって。いいタイミングだったと思います。

――どんなプログラムだったのですか?

綾さん:まず講座を受ける前の説明会で、「妊娠・出産・育児の経験によって得られた、または強化された力 (ハハリョク)」を見つけていくというテーマのワークショップがありました。その後の講座では、自分が今まで何のために働いていたのか価値観と動機を振り返り、その価値観や動機を大切に、これから自分が何をしていきたいかを講座のメンバーと共に考え、最終的にビジネスモデルをつくってプレゼンしました。

――なにか発見はありましたか?

綾さん:自分の思いをグループのメンバーに伝えたり、共有されたりする中で、「今の自分ってどうなんだろう?」「自分と社会ってどんな関係性なんだろう?」ということを改めて考えられる時間だったと思います。例えば、毎日の子育てをするなかで当たり前にやっていることって、スキルになるとは思っていなかったんです。でも他の参加者が「これは自分のスキルだ」と誇りを持って発表しているのを聞いたときに、ハッとしましたね。

――確かに改めて仕事をスタートさせるときこそ、これまでの自分がやってきたことを振り返る作業が大切になりそうです。

綾さん:書き出していったこともすごく良かったですね。自分は何を考えていて、何がわからないのかが見えてきましたから。最終的に、自分のインテリアコーディネーターとしての知識を活かして、夫が立ち上げた家具ブランド「ネモファニチャー」を好きになってもらうように働きかける、というマイプロジェクトが生まれました。

「少しずつ、できることから」。
夫婦で仕事をするというスタイルへ

▷がんばる綾さんを見守る、敬さんの眼差しがあたたかい

――ここからは、敬さんにもお話を伺いたいです。「ネモファニチャー」は、敬さんが主体となって立ち上げたそうですね。

敬さん:はい。ブランド自体は2005年からあって、今は15年目ですね。家具の設計から製造まで、一貫して自分でつくっています。名前の由来は、New(新しい)とEmotional(感覚)を組み合わせた造語。椅子やテーブル、キャビネットをメインにやっています。

――家具づくりはどのように学んだのでしょうか?

敬さん:もともと芸術分野やものづくりに興味があって、いざ家具職人の道へ進もうと腹を決めたときに、足りないことだらけだと気づいたんですよね。だから職業訓練校に通って、その1年間で技術を学びながら、アートワークの感性を養うためにインテリアや美術を独学で学びました。


▷ネモファニチャーのダイニングテーブル(詳細はこちら

――家具の特徴は?

敬さん:基本的には人が使う道具だから機能性は大切にしながらも、見た目は自分の好みの曲線的で柔らかさがあって、それでいてきちんとした形にしています。

綾さん:子どもが生まれてから、家具のデザインの考え方も少し変わったよね。子どもがいるお家なら、こういうデザインの方が使いやすいんじゃないかとか、想像できるようになったというか。

敬さん:たしかに。リアリティを持って考えられるようになったから、提案の幅が広がってきたかな。

▷「つい先日も子どもが、布地の座面にジュースをこぼしちゃって。そういう生活に関わることも子どもがいるからわかったよね」と、笑いながらお話ししてくれました。

――このショールームもインテリアが素敵で心地よい空間です。

敬さん:実は雑貨屋をはじめたときは今と全然違っていて、あんまり自分たちが好きな空間にできなかったんです。それを一昨年くらいに改装して、「ネモファニチャー」が持つスタイルや価値観を、直接お客さんに伝える場にしました。家具のデザインと製作はもちろん、インテリアコーディネートまでできるからこそ、見て納得してくれた人に家具を使ってもらいたいという思いがありますね。

――敬さんの頼もしさと綾さんの優しさのバランスが、とても合っているように感じます。

敬さん:僕と彼女は高校生の頃から付き合っているから、社会人になってからの僕の紆余曲折もすべて知っている存在。いつも見守っていてくれて、ときには手を差し伸べてくれました。

――まさに人生の伴侶ですね! ご主人のそばで、育児とお仕事と奮闘している綾さんを見ていてどんなお気持ちでしたか?

敬さん:彼女が働き方講座に通いはじめたときも、自分なりにやるべきことをちゃんと全うしたいという強い気持ちがあることが伝わってきましたね。僕がはじめた事業なのに、自分ごととして彼女なりに考えて動いてくれているなと。とはいえまだまだ手探りで途中の段階だから、いまはその頑張りを見守っている状況です。

――夫婦で働くことに、どのような可能性を感じていますか?

敬さん:前の雑貨店時代も2人でやっていたようなものなので、形を変えて再スタートするという感覚ですね。雑貨店を閉めてからは、個人のお客さまよりも設計事務所の下請けがメインになって、家族の暮らしを守るための仕事に振り回されがちでした。でも本来やろうとしていることは、半分は自己表現で、もう半分は社会貢献。夫婦で働くことで、理想の働き方に近づくことができそうです。

――現在はどのようなことに取り組んでいるのですか?

綾さん:まずはお客さまと家具をつなぐためにどうしたらいいのかということを考えています。例えばお客さまに家具を購入してもらうとき、今までは夫が窓口になって販売していたところを、私が間に入ってお客様と直接コミュニケーションをとって、提案をして……と、少しずつですが経験を積めるようなはじめ方をしていけたらなって。

敬さん:受注生産だから、実際にショールームまで来てもらって、家具を見てもらったり打ち合わせをしたりする必要があるんだよね。

綾さん:そう。今までショールームは予約制で、希望した方のためだけに開いていたんです。だけど、どなたも気軽に見に行ける日があるといいなと思って、まずは月1回くらい、ショールームを開ける日を設けてみるつもりです。あとはウェブサイトの更新とかね。焦点を絞りながら、具体的に進めていこうと思っています。

自分の生涯の楽しみのために。作品づくりへの取り組みも

――綾さんは仕事とは別に、作家活動もされているそうですね。

綾さん:はい。よかったら見ますか……?

――ぜひ!

▷タイトル「共感」(紙、ペン 2018)

綾さん:特にジャンルにこだわらず、雑貨全般を自主制作しているんですけど。刺繍の作品が多いかな。

――味わいのある絵がすてきですね!

綾さん:恥ずかしいですね……。irrma.(イルマ)という作家名で活動しているんですけど、これは“妻”でも“ママ”でも“社会人”でもない、「誰でもない誰か」の存在をイメージしてつけた名前です。irrma.としてつくるものは、死ぬまで続けたいお楽しみなんですよね。自分が本当に好きなことだからこそ、自分のペースで好きなようにやっていきたいです。

――とても細かい刺繍……技術もすごいですね。

綾さん:子どもの頃から刺繍と編み物は当たり前のようにできていたんですよ。特に教わった訳ではないんですけどね。母が手芸の本を読みながらつくっている姿を見ていて、そうやってつくるんだなって思って自分でもやっていました。とても普通で身近なことだったので、技術は自然と身についていました。

――雑貨はいつからつくるようになったのですか?

綾さん:子どもが生まれる前は布の雑貨やバッグなど、実用的なものを作っていたかな。最近つくったのはブローチや刺繍で描いた絵ですね。2019年12月にも、佐久平で開催された「クリスマスアートギフト展」というグループ展で発表しました。

▷タイトル「ねこと花」(布、刺繍糸 2019)

――世界観のインスピレーションはどこから?

綾さん:たぶん、自分の行きたいところなのかな。平和なところに行きたいなって思ってつくりました(笑)。絵本の世界とかもすごく好きで、夫も美術が好きだから、一緒に展覧会を見に行ったりしていて。そういったところから影響を受けているかもしれないですね。なかでも版画作家の南桂子さんの、さみしいような暖かいような感覚を覚える絵が好きかな。

――作品にも綾さんの感性や人柄が表されているような気がします。

綾さん:作家活動はとても気まぐれなんですが、毎年楽しみにしてくれる方や「また楽しみにしています」と声をかけてくれる方もいて、その方々と触れ合うたびに続けていきたいなと思いますね。

綾さんの至福のひとときは「ドラマを見ながらチョコレートを爆食いするとき」。後日、送っていただいた写真をみると、想像以上のチョコレートの量でした(笑)!  たくさん食べてしまっても、日頃の筋トレによって体型と健康を維持できているそう。

▷ネモファニチャー
WEBサイト https://nemofurniture.com/

●文 / 宇治田 エリ
●インタビュー・編集・写真 / 細野 由季恵