第38回目のゲストは、渋谷区ふれあい植物センターの園長・宮内 元子(みやうち・ちかこ)さんです。
渋谷駅から徒歩10分の場所に、実は植物園があることをご存知でしょうか?「日本で1番小さい植物園」こと「渋谷区ふれあい植物センター」は、都心にありながら100円という破格の入場料で楽しめる植物園。植物に包まれたテラス席でお庭のようにくつろげます。スタッフの皆さま、朗らかで温かく、アイデア満載の館内展示やワークショップも魅力です。今回お話を伺うのは、植物園の園長である宮内さん。植物園や地域のつながり、そして宮内さんご自身についてお聞きしました。
渋谷区ふれあい植物センターは、地域と住民を繋ぐ「庭」
――渋谷駅から徒歩10分程度の場所に植物園があることに、なにより驚きました。この植物園の創設のきっかけは?
宮内さん:平成17年(2004年)に開園した、まだ20年に満たない若い園なんですよ。渋谷清掃工場が出来た際、地域住民への還元施設として設立された植物園です。
他の施設ではごみの焼却時の余熱でつくられた温水を利用することが多いのですが、渋谷だと地上にも地下にもいろいろな構造物があり、難しい環境です。そのためここでは、電力の形で供給してもらっています。焼却時にタービンを回して出来た電力で、園内の空調や照明など全てまかなっています。
――園内には、かつての渋谷の写真が展示されていますが、今の渋谷とは随分違う風景ですね。
宮内さん:館内に流れている小川は、かつて渋谷を流れていた「河骨川(こうほねがわ)」を再現したものです。この河骨川は、唱歌の「春の小川(高野辰之作詞・岡野貞一作曲/文部省唱歌)」のモデルにもなった川なんですよ。
渋谷はかつて「渋谷村(しぶたにむら)」と呼ばれていました。レンゲやカントウタンポポなどもたくさん生えているような、のどかな風景でした。
――コンクリートに覆われた今の渋谷からは想像がつかないです。でも渋谷駅から徒歩圏内のこの植物園周辺は、のんびりした生活感も感じられて魅力を感じました。
宮内さん:渋谷っていうと、あまり馴染みのない方にとっては「セレブリティのまち」や「若者のまち」といったイメージが先に浮かぶかもしれません。だけど実は、ファミリー層や高齢の方も多く住んでいます。八百屋もあれば豆腐屋も通る……そんな普通のまちでもある。ここは、そこに庭として存在する「日本で1番ちいさい植物園」なんです。
――「日本で1番」なんですね!
宮内さん:「日本植物園協会」に所属する植物園の中で、面積が一番小さいのがうちなんです。他の植物園は芝生広場など屋外スペースがあるのですが、うちは屋内だけなので。いいところは、歩いていても疲れない(笑)。そして小さい分、お客さまと植物とが近い。
――たしかに、育っている植物の生命力がダイナミックに伝わってきます。
宮内さん:「ふれあい植物センター」という名前の通り、植物と人間とが近くで触れ合う場をつくりたいと思っています。
「植物センター」というと道の駅みたいな名前なんですが(笑)、うちは他の県立の植物園などと違い、研究や保全、珍しい植物のコレクションといった機能は持っていないんです。だからこそ身軽に、植物の面白さだけを発信していけるメリットがあります。
宮内さん:また偶然通りがかった方や、近くの幼稚園や保育園の子どもたちでも気軽に入れる植物園でもあります。例えば、入ってみて「植物園って楽しい!」と思えると、次は神代植物公園や夢の島熱帯植物園といった大きな植物園、さらには地方や海外の植物園に……となる。そうやって、別の植物園に足を伸ばすきっかけになるような“人と植物園とをつなぐ場所”です。
ここでがっつり学ぶ必要はないけれど、「なんか植物園っていいね、楽しいね」と思っていただきたいというのを基本のコンセプトにしています。
異なる年代が交流するコミュニティの場
――来園者は近隣の方が多いのでしょうか?
宮内さん:平日は近隣の方がメイン、土日は客層が変わり、地方から観光で渋谷を訪れた方が増えますね。テラス席でお昼休憩を取ったりと、まさに庭のようにお使いいただく方もいるんです。運営には近隣の住民の方々や区外からも植物園好きの方々40人くらいが、ボランティアとして関わって盛り上げてくださっています。
――40人も! ボランティアの方々は、どのような形で参加されているんですか?
宮内さん:日々の掃除や草取りからイベントまで、幅広く手伝ってくださっています。たとえば月に一度、「のみもの植物園」というイベントをしているんです。
普段コーヒーを飲む時、「コーヒーの花がどんな色や形だったか」を考えることってないですよね。ここには飲み物の原料になった植物が必ずあるので、“月替りでさまざまな飲み物をお出ししながら、原料の植物についてのお話もする”というイベントができます。ボランティアさんたちが「飲んで飲んで」ってグイグイ飲み物を勧めてくることもあるんですよ(笑)。
――身近な飲み物の原料になった植物について五感で学べるのですね。近所に住むボランティアさんとお話すると、地元ならではのお話も聞けそうです。
宮内さん:見て・聞いて・触れて・味わって「五感で楽しむ植物園」なんです。動物園だと飼育員さんからお話を聞いたり餌やりをしてみるだけで、だいぶ印象が変わりますよね。植物園だと植物が動かない分、どうしても人間が能動的になる必要があるんですよ。
うちなんて走ったら3分で回れるくらいの広さだから、特にインパクトが薄い。そこに人間がいて話すことで、ちょっと変わってくるかもしれない、という狙いがあります。
またうちの植物園は、区在住・在学の中学生まで無料で入場していただけるんです。そういう時に、地域の人たちが子どもたちを見ててくれるって大事だな、と思っていて。コミュニティの場として、良いことはいい、悪いことは悪いって言いながら見守る存在でありたいな、と思っています。
――以前、「動物や昆虫だと動くけど、植物は動かないので、植物園はどうやって楽しめばよいか分からない」といった知人がいました。
実際に人と話して植物のエピソードなど伺う機会があると、自分との接点や思い出もできますね。
宮内さん:基本的に、植物より人間の押しが強いんですけどね(笑)。
――幅広い世代の方が、さまざまな形で交流する場となっているのが素敵ですね。園内に貼ってある手書きのPOPにも惹かれました。背後にいる人の顔が見えるというか。
宮内さん:公共の施設は、どうしても正しい情報を正しく伝えることに注視しがちで、それが伝わってこない場合も多いと思うんです。全部パネルを読むのも大変ですし。だから、一番伝えたいことを書くことで、観察するきっかけを作れるじゃないか、と思っています。
見せるだけではなく、体験を提供できる植物園へ。
人と植物がふれあうお手伝いをしたい
――宮内さんご自身についてもぜひ伺いたいなと思います。こちらの植物園にはいつからいらっしゃるんですか?
宮内さん:オープンの一年後の平成18年から働いています。
――最初はどのようなお仕事からスタートされたんですか?
宮内さん:今も昔も変わらず、植物の栽培や企画に携わっています。園内で育てる植物の種類を企画したり、手入れするといった仕事内容です。
うちは二階からも植物を見下ろせるので、カラーリーフなど葉っぱの色や形の面白さを見て楽しめる植物を多く入れています。植物は光合成をするので、上から見ると葉っぱが重なり合わず、少しずつずれながらきれいに展開するんですよ。そういった視点でも楽しんでいただきたいな、と思っています。
――もともと宮内さんのことは、ツイッターで知りました。発信されるコメントや情報が面白くて、私の周りにもファンが多いんです。植物園という場所を盛り上げるため、あえてご自身が表に出ているのでしょうか?
宮内さん:上野動物園のパンダへの恨みが全部詰まっています……(笑)。動物園であれば、人気のある動物をきっかけにお客さまが見に来てくださる。一方で植物はしゃべることも動くこともないから、なかなかそういうきっかけがない。
人間と植物園との間に「ふれあい植物センター」があるように、「ふれあい植物センター」と人間との間の私が立って、その隙間を埋めよう、という思いで発信しています。
――SNSでの発信を通して、なにか変化はありましたか?
宮内さん:ありがたいことに、SNSがきっかけで来園してくださるお客さまは多いですね。受付で声をかけてくださる率も高いと思います。「中の人」が分かると、声をかけやすいのかもしれないです。沖縄など、びっくりするような遠方から来てくださることも。ありがたいですね。
――全国にファンが。宮内さんのような方がいらっしゃると、植物を見に行くだけでなく人にも会いに行こうと思えて、行くきっかけが倍になりますね。
宮内さん:ファンというよりは、求めていたパンダ的な役割を全うしています(笑)。私はどんな媒体に出るときも、この植物園を表に出していただくバーターというスタンスですね。園長という肩書はありますが、あくまでいちスタッフです。
――発信する情報として、植物を切り口に、たとえば植物をモチーフにした食器やアクセサリーといったことまで、アンテナの幅広さが魅力的です。
宮内さん:植物園として発信するからには、何か一つ(受け手に)学びがあってほしいな、と思っています。そういうアカデミカルなものが、衣食住をはじめ、自分を豊かにするための文化を育むと思っています。
たとえば今日一日頑張るため、ハイブランドが出した植物モチーフのアクセサリーを身につける。そんな形でも植物とつながれます。あなたの好きなものはなんですか? その切り口ならこれです、と植物の魅力を色々な角度からお伝えしたいな、と思います。
――植物は普遍的だからこそ、接点の持ちかたを見つけるのが難しい面もありますが、身近なものとも繋がってると知れると、興味を持つきっかけになりそうですね。
宮内さん:必ず接点はあると思いますよ。たとえばファッションに興味のある方が、ボタニカル柄の洋服に描かれた植物を調べてみたり、次のテキスタイルを考える時のアイデア探しに来ていただいたりしてもいいですし。他にも、家に使う木材の元の姿といったふうに、考えるきっかけはどんな形でもあるな、と思いますね。
――お仕事を通して、来園者の方に伝えたいことや、これからやってみたいことはありますか?
宮内さん:見せるだけの植物園、つまり、ただお客さまに来てもらうのを待っているだけの植物園の時代は終わったと思っています。何かしらお客さまが参加できる目的や機会をつくって、それを発信して、ご縁をつないでいきたいですね。
そのために、ファッションや住宅、食など、「植物にはこんな切り口があるの?」っていう意外性のある切り口を提示して、人と植物との接点をつくっていきたいと思っています。私がこの植物センターを通して一番皆さんにお伝えしたいのは、切り花でも百円ショップの植物でも何でも良いから、まずは一回、植物と一緒に生活して、一度は植物園にも来てみない? っていうこと。
子育てもそうですが、全然思いのままにならないものと生きるって、なかなかおもしろいこと。それを経験することによって、もしかしたら生活が変わるかもしれない。そのきっかけづくりのお手伝いしたいと思っています。
国内外の植物園を巡っている時が、一番幸せという宮内さん。これまで訪れた中で特に印象的だった植物園をお勧めいただきました。
・東北大学附属植物園(天然記念物の山を丸ごと生かした植物園)
・咲くやこの花館(寒冷地の植物を観察できる「冷室」のある植物園)
・ライアン植物園(ハワイの自然が感じられる植物園)
・ニューヨーク植物園(年一回、アーティストとのコラボレーション展示を行う植物園)
※この記事は2020年12月のものです。
渋谷区ふれあい植物センター
住所:〒150-0011 東京都渋谷区東2-25-37
TEL:03-5468-1384 FAX:03-5468-9385
営業時間:10:00〜18:00(入園は17:30まで)
定休日:毎週月曜日(祝日または振替休日のときは翌日の平日)、年末年始
入園料 100円(年間パスポート1000円)
※以下の方は無料…60歳以上、未就学児、渋谷区内在住・在学の小・中学生、身体障害者手帳・精神障害者保健福祉手帳・愛の手帳を持っている人と、付き添いの人1人、渋谷清掃工場周辺地域在住の方は無料
<イベント情報(※詳細はHPをご確認ください)>
・12月12日(土)~13日(日)13:00~16:00
ワークショップ「小さなお正月飾り作り」
・12月16日(水)15:30~16:00
おはなし植物園「ジャガイモ」
・12月20日(日)11:00~16:00
のみもの植物園「ゴボウ茶」