今回お話を伺ったのは、出版社から独立し、新たにご自身で出版社「ハレル舎」を立ち上げた、デザイナーの春山はるな(はるやま・はるな)さん。
ハレル舎を通し出会う人たちの思いを大切に、手触りのある本を丁寧につくっていきたいという春山さんに、出版社立ち上げに至る経緯や、お仕事への思いをお聞きしました。
表紙から最後の1ページまで、愛情を込めた本づくり
──もともとお勤めだった出版社から独立され、新たに出版社を立ち上げると伺いました。きっかけを教えてください。
春山さん:2022年に田無神社さん(西東京市)から、350年大祭を記念した冊子制作をご依頼いただいたことです。以前、ひょんなご縁で神社の例大祭*の司会をさせていただいたことがあり、個人的なつながりがありました。
*例大祭とは…毎年行われる神社の最も重要な祭祀のこと
当時は出版社に勤めていましたが、副業OKだったので、それまでもデザイナーとしてチラシ制作やロゴ制作の仕事を個人的に受けていたんです。冊子制作についても、せっかくいただいたお話だしやってみたいと思って、お受けすることにしました。編集にも入ってもらいたいと、当時の同僚で、いまハレル舎を一緒に立ち上げた編集者の平田 美保(ひらた・みほ)さんにお願いすることになったんです。
──「ハレル舎」という屋号はそのときに生まれたんですか?
春山さん:はい。大きな仕事をするので名前をつけたいと、みんなで考えた言葉が「ハレル舎」です。神社さんのお仕事だったので、せっかくなら関わった人の心が少しでも明るく晴れるような、縁起のいい名前にしようと、満場一致で決まりました。偶然、私の名前とも近いんです。
──素敵な屋号ですね。その冊子制作が、今回平田さんと立ち上げたハレル舎としてのはじめてのお仕事だったんですね。
春山さん:はい。会社の仕事も並行していたので、時間はかかりましたが、なんとか一冊つくり上げました。会社でも平田さんとタッグを組むことが多かったんです。あるとき、平田さんが編集した単行本の装丁を担当する機会があって。紙の本は、配色や帯の色をどうするか、イラストレーターさんを誰に頼むか、といったことまで一つひとつ考えていきます。その愛情のかけ方がとてつもなく楽しいなと思ったんです。平田さんは長く本の制作に携わり、経験も豊富なためお話を聞くのも楽しかったですね。
──当時からおふたりの信頼関係ができていたんですね。
春山さん:2023年の春に契約社員としての更新時期が訪れて、退職することにしました。退職後については特に何も考えていなかったんですが、ちょうど同じタイミングで退職した平田さんといろいろなことを話すうちに、「やっぱり本をつくりたいよね」という話になって。「じゃあ、やろうか」と。
──編集プロダクションという形ではなく、出版社をつくろうと思ったのは?
春山さん:例えば編集プロダクションだと、出版社の最終的な意向で全部変わってしまうということもあります。出版社は、最終的な判断ができる存在です。なるべく最後まで愛情を持って本をつくりたいなと思ったのが、出版社にしようと思った理由ですね。
出版社をつくるとなると、在庫を抱えなければならないし、営業にも回らないといけないし、大変なことがいっぱいです。その大変さは立ち上げて知ったこともありますが、むしろそれが良かったなと思います。いまは独立系書店*さんも増えてきていますし、書店さんと直接お話できるのも出版社の良さだなと。
*独立系書店とは…従来問屋を通し書籍を卸す書店とは異なり、店主独自の経営方法で営まれる書店のこと
──自分の名前で責任を持って形にするからこそ、つながるご縁がありそうですね。
人の生き方や言葉を、素直に受け取れる自分になれた
──春山さんご自身のことについて、聞かせてください。出版社で働く前は、どのようなお仕事をされていたんですか?
春山さん:24歳で出産するまでは福岡に住んでいて。子どもが7ヶ月の頃、東京に引っ越してきました。福岡では事務職や接客業をしていたんですが、次第に子どもに背中を見せられる仕事をしたいなと、手に職をつけたい思いが湧いてきて。
もともとオタク気質でパソコンやインターネットが好きだったこともあり、Webデザインの専門学校に1年間通い、卒業後は6年ほど、Webデザインの仕事をしていました。子育てをしながらの仕事で無理がたたって体調を崩してしまい、子どもが小学校に上がるタイミングで、一時的に仕事のペースを抑えていたんです。
その頃、人づてに、チラシや学校関連のものなど、紙のデザインを頼まれるようになり、「紙のデザインって楽しいな」と思うようになりました。当時ウェブデザインの仕事は、紙媒体よりもいただける金額は高いものの、頑張って制作をしたサイトも公開期間が過ぎると消えてしまうことに寂しさを感じていました。そこからはフリーランスとして、紙とウェブ両方のデザインを手掛けるようになりました。
──ウェブ制作の仕事を経験していたからこそ、春山さんにとっての「紙の良さ」を感じたんですね。
春山さん:その後、前職の出版社にデザイナーとして入りました。入社当初はあまり経験がなかったものの、社長がなんでも挑戦させてくれる方で。ある団体の会報誌からはじまり、次第に仕事の幅が増えていって、単行本の装丁を含めたブックデザインまで経験することができました。
──Webデザイナーや組織に属して働いていた時期を経て、ハレル舎では、0から1のものづくりを行っていますね。これまでを振り返りながら、ハレル舎としてのお仕事について、どのような楽しさを感じていますか?
春山さん:のびのびとフットワーク軽く動けているので、楽しいことしかないです。ハレル舎になってから出会う人たちからは、良い影響を受けることがすごく多いんです。それは、人の生き方や言葉を素直に受け取れる自分になってきたからだと思います。そうやって素直に生きられていることが、心地良いですね。
嬉しいことに「こういう人の本がつくりたい」というと、次の日にその人が現れたりと、奇跡のようなことが起こり続けるんです。「人生ってこんなに変わるんだ」と、日々びっくりしています。
──自分自身に受け取れる余裕がないと、いくら相手が素晴らしいことを発信していても、見逃してしまいますよね。日々の暮らしやお仕事の姿勢として、チャンスを受け取れる状態を保つために大切にしていることはありますか?
春山さん:違和感は大切にしています。以前、「直感は外れるけど、違和感は外れない」という言葉を目にしたことがあって、確かにと思って。違和感に蓋をしがちでしたが、いまは「おや?」と感じた瞬間はなるべく逃さず、引き返したり、言葉にすることを大切にしています。見ないふりをしていると結果的に時間を取られてしまい、むしろ大事にしてくれている人との縁を大切にできなくなってしまうとも思うんです。その選択を大切にしていると、その先に、思いがけない出会いやおもしろい発展がありますね。ひとりではなく、みんながいるハレル舎だからその想いを大切にしたい。ハレル舎をみんなで育てていきたいという気持ちもありますね。
本からいただいたものを、本で返す
──これからのことをお聞かせください。いまはどのようなご準備を進めているところですか?
春山さん:準備段階にもかかわらず、すでに20人以上の人が「ハレル舎さんから本を出したいです」と手を上げてくださったんです。いまはそうした方たちと少しずつ話を進めたり、原稿を書いていただいています。今年の春に法人化する予定で動いています。
──本づくりの相談会も定期的に開催されていますね。
春山さん:ありがたいことに、立ち上げを発表してからはいろんな人に「会いましょう」と声をかけてもらって。いまはまだ出版社といっても事務所があるわけではなくて。そこで、国立市にある「おおくにたま鍼灸院」さんを週一回お借りして、会いたいと思った方が来てくださる場を設けています。
当初は本をつくるつもりもなく来た方も、お話していくうちに「そういえば、実はこういう本をつくりたかった」と思い出されることも多いみたいで。
──ハレル舎として、どのような本をつくっていきたいですか?
春山さん:編集担当の平田さんと共に、時間がかかったとしてもいい本をつくっていきたいですね。著者さんの思いと私たちの思いを合わせると、必ずいい本にたどり着く。
最近は電子出版だけ行う出版社も多く、ハレル舎をはじめるときも、電子出版のみをやりたいという依頼もありました。電子出版は、印刷代もかからず在庫を抱えなくていいというメリットはもちろん大きいんですが、ハレル舎としては紙の本にこだわる出版社として存在していたいと思っています。
折り目やシミといった経年変化も含めて、変化していく愛おしさがあるのが、紙の本のよさ。電子出版を行うにしても、ベースはあくまで紙の本という形にしたいという想いがあります。
──紙の本って、後に残るからいいですよね。
春山さん:思いがけないところで見てくれる人もいますしね。本をつくるのはとても大変なことですが、時間をかけたとしてもやりたいと思っている方がいっぱいいらっしゃることを実感しています。
──春山さんご自身がこれまで出会った本で、思い入れのある一冊はありますか?
春山さん:ミヒャエル・エンデの小説『はてしない物語(岩波書店、 上田 真而子、佐藤 真理子 翻訳、 2000)』です。小学生の頃、教室にあまり行けず、図書館にずっといて、片っ端から本を読んでいたんです。その日も授業中に一人、図書館にいて、「かっこいい本だな」と装丁に惹かれて、手にとって読み始めたんです。物語の中で、主人公が古本屋で赤い表紙の『はてしない物語』というタイトルの本を手に取る、といった一節があって、改めて表紙を見てみるとその描写と全く同じ装丁なんです。「今私が手にしている本が物語に出てくる赤い本だ!と、一気にストーリーに引き込まれていきました。
いま思うと図書館にいた時間は逃避でもあったんですが、こうした本の世界はいろいろなことを忘れさせてくれる時間でもありました。そのときの恩返しができたらいいですね。
──ハレル舎さんのつくった本が、誰かの特別な一冊になるのが楽しみです。
猫2匹と暮らしている春山さん。夜寝るときに、ゴロゴロいいながら添い寝してくれるんだとか。後頭部のおひさまみたいな匂いをかぎながら寝るのが、至福のひとときだそうです。