大地の成り立ちを目で見て感じられる「ジオパーク」で知られる伊豆半島。以前「愛しいものたち」にもご登場いただいた 、ジオガシ旅行団の鈴木 美智子さんは、伊豆半島のダイナミックな大地をお菓子で表現した「ジオ菓子」を入口に、大地の魅力を伝える活動に従事されています。今回は、鈴木さんの活動エリアを訪ね、ご活動の背景にある大地への思いについてお話を伺いました。
伊豆半島の大地をお菓子化
伊豆急下田駅前にて鈴木さんと落ち合うやいなや、「ぜひ見てもらいたい場所がある」と車を10分ほど走らせ連れていっていただいたのが、爪木崎という岬でした。鈴木さんの先導のもと、緑をかき分け海岸沿いを進むライター村田。辿り着いた先に広がっていたのは、霜柱のように隆起しみっちりと並んだ岩でした。
――駅からすぐアクセスできる場所に、地形の成り立ちがわかるような場所がむき出しの状態で残っているのはすごいですね。鈴木さんが、伊豆半島の大地に惹かれたきっかけはなんでしょうか?
鈴木さん:まさにこの爪木崎の柱状節理を友だちが案内してくれたことです。彼女は伊豆半島のジオパークの第一号のガイドだったので、「爪木崎の成り立ちにはこういう理由があるんだよ」と教えてもらいました。
新聞などで「ジオパーク」という言葉を目にしてはいましたが、自分には関係のないことだと思っていたんです。でも景色の成り立ちの経緯を教えてもらったことで、「この大地の面白さをみんなと共有したい」と思うようになりました。
――お菓子で表現しようというのは最初から考えていたんでしょうか?
鈴木さん:はい。ジオガシ旅行団は最初、爪木崎に連れていってくれた友だちと二人ではじめました。彼女がお菓子づくりが得意だったので、製菓については主導になってもらい、私はアイデアや食材の組み合わせなどを考えました。
――ひじきやアロエなど伊豆半島の特産品を原材料に使うこだわりも魅力です。製品化するまでは試行錯誤を重ねるのでしょうか?
鈴木さん:この地形をつくるのにアレとコレを組み合わせて……と、頭の中で考える時間は長いですね。グラニュー糖や三温糖、黒砂糖、水飴など、使う砂糖や掛け合わせる油の種類によってテクスチャが変わってくるので、何を組み合わせたらどういう仕上がりになるのかは、科学の実験状態です。
――お菓子という親しみやすい入口で、大地への興味を持つきっかけづくりをされているのが素晴らしいですね。お菓子づくり以外にはどのようなご活動をされているんでしょうか?
鈴木さん:大地を案内するツアーガイドや、お菓子をつくるキッチン教室、他の地域のジオパークのアドバイザーなどもやっています。ツアーは、学校の授業としてご依頼いただくことが多いですね。理科や家庭科、郷土学などを学べる総合学習になるんですよ。最後はみんなでお菓子を食べて、「美味しかった」で終わるツアーです。
五感を使って伊豆の風景を体感
子どもたちの感情に「!」を残したい
――鈴木さんはもともとご出身も伊豆なのでしょうか?
鈴木さん:はい、伊豆の国市というところの出身です。隣の家まで1キロあるような山の中で育ちました。しょっちゅうひとりで山の中に入って遊んで、風の音を聴いては涙したりと、感受性が豊かすぎる子どもでしたね。
――自然のものを受け取る感性は、その当時に培われたんですね。
鈴木さん:学生時代から、東京に出てもいずれ必ず伊豆に戻って仕事がしたいと思っていました。高校卒業後は東京の美術大学に進学し、映像を専攻しました。映像という手法だと、デザインやシナリオなど、すべてに関われると思ったんです。卒業後はウェブ制作や広告プランナー、アートディレクターなど、手に職をつけるために色んな仕事をしました。
2007年に伊豆に戻り、地元のケーブルテレビやフリーランスのデザイナーなどを経た後、2012年の1月にジオガシ旅行団を立ち上げました。
――立ち上げ当初は、どのようにして活動の場を広げていかれたのでしょうか?
鈴木さん:まずは地域の人たちに知ってもらいたいと思い、役場に協力を仰ぎながら地元の人向けにツアーを企画しました。
南伊豆に有名なビーチがあるのですが、あるとき津波対策のために5〜6メートルもの高さがある堤防をつくる話が出ました。堤防をつくると海が見えなくなってしまい、風向きも変わってしまうのですが、住民投票を実施したところ、賛成が50%を超えてしまいました。伊豆の海岸線は国立公園に指定されているところも多いのですが、住民投票で賛成意見が過半数を超えてしまうと、環境よりも命と財産の方が強くなり、国立公園保護法は適用されなくなってしまうそうなんです。
その経験を通して「景色を守るのはそこに住んでいる人しかできないんだ」と痛感し、地元の人向けに大地の大切さを知ってもらいたいと思ったんです。
――ツアーの反響はいかがでしたか?
鈴木さん:色んな方が参加してくれたんですが、何度か開催するうちに、参加者が毎回同じメンバーになってしまいました。
そこで、子どもたち向けのプログラムを企画しました。理科や郷土学を交えながらジオ菓子をつくるキッチン教室です。はじめは小学校に営業しに行ってもなかなか振り向いてもらえず、苦労しましたね。
――未来に種を蒔くということですね。受け入れられるようになったターニングポイントは何でしょうか?
鈴木さん:担任の先生がどれだけ興味を持ってくれるかがポイントですね。小学校や中学校の先生はやることが多くて忙しいので、さらに外から何かを受け入れるのがなかなか難しい。「子どもたちに教える意味がある」と熱量を持って協力してくれる先生だと、動いてもらえるんです。学校や行政は、前例があると次の年も依頼しやすくなるので、そうやって徐々に広がっていきましたね。
――印象的だった思い出はありますか?
鈴木さん:子どもたちが大地に興味を持ってくれたり、身近にあるものなんだと理解してくれたりしたのは嬉しかったですね。その後も「家族で見にいきました」といわれたこともありました。そういう話を聞くと、やってよかったなと思えますね。
――その後の行動につながるのは嬉しいですね。いま思い返すと、小学校の頃は、授業で何を習ったかということより、どこかにいったり食べたりと、五感を使った体験はすごく覚えている気がします。
鈴木さん:なぜジオ菓子という食べられる形にしたかというと、体験を通さなければ、人の記憶には残らないと思ったから。まずは味覚で残して、さらに大地にそっくりなことに驚いてほしいと思ったんです。
ムキになってあそこまで風景に似せているのも、感情に「!」を残すため。感情を揺さぶられたことって、人にも伝えたくなるんですよ。人から人に伝えてもらう、ということが重要なので、賞味期限が長くなるようなレシピでつくっています。
目指すはジオ菓子のような商品が売れる未来
――「これを伝えたい」といった視点の種があっても、それを具体的な活動に結びつけ、人を巻き込んでいくことはとても大変です。ジオガシ旅行団さんはアウトプットまですごく丁寧にやっていらっしゃるのが印象的です。
ご活動を続ける上で大切にしている思いはありますか?
鈴木さん:「大地のような生き方をしたい」という思いがベースにあります。清濁併呑、すべて飲みこんで判断せず、なすがまま。大地には、そんな、すべてを受け入れる許容力があります。私は人を許せないことがあるので、自然から学ぶことが多いんです。
また、いま生きている人たちは、この大地の景色を未来につなげていくミッションを担っています。それに気づいてもらいたいという思いもあります。
日頃から足元の地形がどうなっているかを意識すれば、たとえば地震や災害が起こったときにも、「いまいるところは海抜○メートルだから、あそこに逃げればいい」と判断できるようになります。一度シミュレーションしておくと、反射神経が動くようになります。
――確かに、体感として知っておくと適切な判断ができそうですね。
鈴木さん:いまの自分たちの暮らしを良くするのは大切ですが、大地あってのもの、というのは忘れてはいけないと思います。ジオ菓子が、その気付きの第一歩になれたらいいな、と思います。
――昨年からの外出自粛モードで、ネットの世界に向いてしまう時間も多くて。足元の大地が人のすべての活動のベースになっている、ということに目を向けると、色々なことを考える上での軸が見えてきますね。今後やってみたいことはありますか?
鈴木さん:ジオ菓子のような商品が売れる未来をつくることですね。もっと柔らかく、大地の魅力を多くの人と共有したいです。
この間つくったのは、富士山スコリアをモチーフにしたお菓子。スコリアは富士山の噴出物で、ゆっくり冷えて空中の酸素と反応したものは赤く、急冷されたものは黒くなっています。それを焼きチョコで表現しています。実は富士山の五合目で、実際のスコリアと並べて写真を撮ってきたんです。
――どっちが本物でどっちがお菓子かわからないですね、すごい!
鈴木さん:ひとつひとつ「石になれ」っていいながら手で形成しているので、とても手間がかかっていて。10月末から、まずはウェブサイトで販売開始します。富士山なら世界中の人が興味を持ってくれると思うので、ゆくゆくは色々なところに販路を広げていきたいですね。
ふとしたときに見上げる空が、至福のひとときという鈴木さん。青い空、雲(ときどき虹)や太陽、月や星。上を向くと体に空気が流れ気持ちが前向きになり自然とニヤけてくるそうです。