第53回目のゲストは、手帳やノートを使った大人の絵日記「スケッチジャーナル」を提唱し、昨年『スケッチジャーナル 自分の暮らしに「いいね!」する創作ノート』(ジー・ビー)を出版されたアーティスト・ハヤテノコウジさんです。数年前、ライター村田が所属する路上監察ユニットSABOTENSの展示を見に来てくださったことからご縁がうまれた、アーティストのハヤテノコウジさん。手帳やノートに、その日あったことを良い解釈に捉えてから絵日記風にまとめ、一冊の本や雑誌のように仕立てる「スケッチジャーナル」という手法を提唱し、メディア出演や出版、講座など幅広い発信を続けられています。会社員とアーティストのパラレルキャリアでご活動を続けるハヤテノさんに、スケッチジャーナルを通した活動の広がりについて、お話を伺いました。
PROFILE
ハヤテノ コウジ
栃木県生まれ。東京在住のアーティスト、イラストレーター、文筆家。独自のスケッチジャーナル手法(人生の日誌づくり)を伝えるワークショップやトークショー、イラスト提供などを中心に、文具・画材のデモンストレーションやディレクションまで多才に活躍中。 著書に『東京 わざわざ行きたい街の文具屋さん』、『スケッチジャーナル 自分の暮らしに「いいね!」する創作ノート』(共にG.B.)がある。『手帳で楽しむスケッチイラスト』シリーズ(エムディエヌコーポレーション)、『イラストノート』(誠文堂新光社)、『モレスキンのある素敵な毎日』(大和書房)、『ゼブラ完全ガイドブック』(実務教育出版)などにも取材協力。
イラストと日記で毎日をポジティブに綴る
「スケッチジャーナル」を通した活動の広がり
――「スケッチジャーナル」が生まれた経緯を伺えますか?
ハヤテノさん:20代の後半の頃、入院中の暇つぶしとしてスケッチブックに絵日記を描いていました。小学生の頃までは絵が好きだったのですが、それ以降はほとんど描いていなかったのに、なぜかこのとき、絵を描こうと思いました。そのあとは水彩絵の具にもなる色鉛筆を購入。そのまま5年ほど続けていくうちに、「もっと鮮やかな絵を描きたい」と考えてアクリル画に挑戦することに。20代は京都によく旅行をしたので、頻繁に足を運んでいた京都の鴨川や、京都の友人と会ったときの様子を描いていました。
2010年から、海外では定番のノートであり、日本でも根強いファンがいる「モレスキン」というブランドのスケッチブックに絵を描くことにしました。スケッチブックといってもリングタイプではなく、モレスキンは手帳のスタイルです。アート紙だったのでアクリル絵の具を塗ることができました。その後は手軽に使えるカラーマーカーと色鉛筆を使うスタイルになっていきます。
古本を販売するイベントに出展したときに、売り物の古本や作品とともに「ご自由にご覧ください」と絵を描いたモレスキンを並べていたところ、「おもしろいね。これは売り物ではないの?」と何人かのお客さんに聞かれました。モレスキンに描いた絵をTwitterで公開していたところ、文具の専門誌から取材が入るなど、自分の作品への関心に気づきます。
――好きで描き続けていたものが、さまざまな人の目に留まっていったんですね。スケッチジャーナルがお仕事になったきっかけは?
ハヤテノさん:モレスキンに自分の365日の出来事を記録したものを分割して、フルカラーで3冊のZINEとして販売したことですね。どれくらい反応があるかわからなかったので、少部数で作りました。予想より注文が入ってきて驚きました。
その後、2011年に刊行されたモレスキン愛好家を紹介する本『モレスキン 人生を入れる61の使い方』(堀正岳/中牟田洋子/高谷宏記、ダイヤモンド社)では、「モレスキンで面白いアートを実践する人がいる」という例として、本のPRの一環でテレビに出演したり、出版イベントや展示会で僕が描いた絵が展示されたり。「同じような作品をつくってみたい」という要望をいただき、スケッチジャーナルの描き方について教える講座も開催しました。
2021年には、これまでの活動の集大成ともいえる著書『スケッチジャーナル 自分の暮らしに「いいね!」する創作ノート』(ジー・ビー)を出版しました。
会社員 × アーティストとしてのパラレルキャリア
――アーティストと会社員。それぞれの時間はハヤテノさんにどのような影響をあたえているのでしょうか。
ハヤテノさん:僕の場合はひとつのことをコツコツやるより、色んなところに顔を出していくほうが合っていますね。会社員をしていると、最新ツールといった新しい知識が入ってくるのもおもしろいです。
パラレルキャリアのメリットは、自分の得意な分野に集中できること。イラストレーター1本で食べていくとなると、色々なことをやらなければなりません。自分の場合は興味関心と複数の仕事のカバー範囲が広いため、活動は一つに絞らないほうがいいのかな、と考えています。
――時間という物理的な制約もあるなかで、それぞれの活動をどうつなげてきたんでしょうか?
ハヤテノさん:最初に入った会社がPR会社で、当時はスタッフが公私の垣根が無い感じで働いていました。友人に協力してもらってマスコミ向けの話題をつくったり、何かひらめいたら休日に仕事したり。趣味で知り合った人がお客さんになったり。当然誰もがいつも忙しい。僕も自分のプライベートのご縁でお仕事に繋がったことがあります。そのような業界にいたので、忙しいことへの耐性がついたのかもしれません。
「休み」の定義も人によって違いますよね。ゆっくり寝る人もいれば、子どもと遊ぶ人、映画を見る人、色々いると思います。僕は割と気分転換が上手な方です。例えば海の波の音のYouTubeを見ながらウトウトして、いつのまにか2時間寝てしまうと、すごく休んだ気持ちになります。他には自分の創作パフォーマンスが上がる時間帯を知っているので、そこで集中して作業します。一番はかどるのは深夜の2時〜朝の6時くらい。食後に仮眠して午前0時くらいに起き、入浴を済ませてから朝まで作業して、またちょっとだけ寝て会社にいって。
その方の業種やパーソナリティ、ライフスタイルにもよると思いますが、パラレルキャリアは休む暇がないかもしれません。
――著書『スケッチジャーナル 自分の暮らしに「いいね!」する創作ノート』では、さまざまな技法がわかりやすく丁寧に解説されています。お仕事を通して培ってこられた体系化や分析、図解のスキルが活かされているように思えます。
ハヤテノさん:PR会社での仕事を通して、ロジカルな訓練を積んできました。そこではアイデアを出す作業とメッセージやビジュアルに整理する作業がたくさんありましたので、アーティストとしてのクリエイティブな活動に良い作用をもたらしていると思います。
クリエイティブな活動にばかり集中して疲れてくると、別の仕事が楽しくなります。逆に会社の仕事が限界に達するくらい忙しいときは、本を買ってくれた人の反応を見たり、作品をつくったりして気分が良くなります。それでもダメなときは鎌倉までいって、海を見てぼーっとして心を入れ替えています。
スケッチジャーナル実践者たちに伴走していきたい
――はじめは個人的な楽しみではじめたスケッチジャーナルの、ご活動の幅の広がりを感じました。ご活動の種を育てていくために大切にしていることは?
ハヤテノさん:「○○せねばならない」というHAVE TOなことよりも、「○○したい」というWANT TOやひらめきに従っています。その方がモチベーションが上がりますよね。
この人とご縁があるかどうかということも、目に見えない情報交換で、割とすぐ分かるじゃないですか。なるようになるのでジタバタしてもしょうがない。広げるというよりは、そういうシナリオに従って自分が動かされている、という感覚です。
――自然と発生したご縁で動いていっているんですね。今後イラストレーターとして取り組んでみたいことは?
ハヤテノさん:作品制作を続けながら、スケッチジャーナル実践者の伴走者になりたいとも思っています。たとえばオンラインで集まってみんなで黙々と絵を描き、その傍らでラジオのように僕が喋って、チャットを開放して質問も受け付ける。そうやって日本全国や海外とつながっていきたいです。
「いろいろあったけど結果的に良いことだった」というふうに、自分の楽しい日常を貯蓄していくのって、精神にすごくいい。たとえば社会人になりたてで日常が辛いと感じている若者に1日10分でもいいから絵を描いて気持ちを楽にしてもらうといった、セラピーに取り組んでみたいとも思っています。そうやって創作を続けて、例えばホラー漫画家の大御所である楳図かずお先生のように、80代になっても新作を出すような、明るく楽しい人間になりたいですね。
「お風呂に浸かって3行日記を書くとき」と「散歩しているとき」、「自分が食べたいなあと思ったものを食べる瞬間」が至福のひとときという、ハヤテノコウジさん。ご自身の心を楽しませる術をたくさんお持ちなのが印象的でした。
●インタビュー・文・撮影 / 村田 あやこ
●編集 / 細野 由季恵