村田 あやこ
記事を書いた人
村田 あやこ / Murata Ayako
ライター
お散歩や路上園芸などのテーマを中心に、インタビュー記事やコラムを執筆。著書に『た のしい路上園芸観察』(グラフィック社)、『はみだす緑 黄昏の路上園芸』(雷鳥社)。「散歩の達人」等で連載中。お散歩ユニットSABOTENSとしても活動。
細野 由季恵
撮影・編集した人
細野 由季恵 / Hosono Yukie
WEB編集者、ディレクター
札幌出身、東京在住。フリーランスのWEBエディター/ディレクター。エントリエでは 副編集長としてWEBマガジンをお手伝い中。好きなものは鴨せいろ。「おいどん」という猫を飼っている。

6年前に起業し、馬油のブランド「サンキューバーユ」を創業した岡田恵子さん。50代ではじめてビジネスの世界へ飛び込み、「馬油の良さを伝えたい」という思いを胸に、様々な苦労にもめげず、挑戦を重ねてこられました。「自分軸で物事を考え、語れるようになると、世界が楽しい」と力強くおっしゃる岡田さんの言葉が印象的でした。

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岡田 恵子
21歳の時、重度の火傷で手の表皮を損傷。乾燥、ただれ、痒みなどに30年間苦しむ。
50歳で「こうね馬油」に出会いその悩みから解放。

感謝をこめて54歳で専業主婦から「サンキューバーユ」創業。
伊勢丹、三越、高島屋など全国有名百貨店及びECサイトで販売するとともに、馬油美容家としてシンプルな「馬油美容」を伝えている。

やけどを負った手のせいで
負い目を感じながら生きてきた

──54歳から起業された岡田さんですが、ご自身が経験された事故が背景にあると伺っています。

岡田さん:20代の頃、事故で重度の火傷を負い、両手の表皮を損傷してしまったんです。おしりの皮を移植したんですが、潤いを自分でつくれないので、いつも手はカサカサして、血が滲んでいました。

20代の一番おしゃれを楽しみたい時期にも関わらず、そんな手になってしまったことがすごく悲しくて。洋服を選ぶ基準は、とにかく手を隠すということ。夏の暑い時期も長袖を着たり、半袖でもレースの手袋をつけていました。

病院に行くと大勢のインターン生の前で皮膚移植の例として見せられたりと、さらに悲しい思いをしました。

──多感な時期に、つらい経験でしたね。

岡田さん:長年病院で処方された薬を使い続けても、症状は改善しないどころか、だんだん黒ずんでひどくなっていきました。結婚して子どもが生まれたあとも、自分の手が汚いことが子どものいじめにつながるんじゃないかとか、子どもにお菓子をあげるときにこんな手で渡されたらいやだろうなとか。いつもこの手のせいで負い目を感じながら生きていたんです。

40代半ばになると、朝起きた後しばらく手が硬直して動かなくなりました。時々だったのが毎日になり、布団も持てなくなってしまいました。

「私の体はこれからどうなってしまうんだろう?」と不安を感じていたとき、たまたま夫が「手荒れにいいらしいよ」と、お土産で馬油を持ってきてくれたんです。それまで馬油の存在は知っていたものの、「ベタつくんじゃないか」「匂いがあるんじゃないか」など、どちらかといえばあまりいいイメージはありませんでしたが、その馬油は匂いもベタつきもなく、肌にすっと浸透していったんです。

2年、3年と塗り続けていくと、かさぶたのような手がなめらかになって、肌の黒ずみも薄くなっていきました。「手にうるおいが戻った」と、はじめて手を撫でる喜びを心の底から実感しました。

──昔ながらの馬油で思いがけない変化が!

岡田さん:薬局でも気軽に手に入る馬油で、長年の悩みが改善したんです。感動とともに、もっと早く出会っていたら、この30年間の長い苦しみは違っていたのにな、と強く思いました。どんなにいいものがあっても、身近に伝える人がいないと伝わらないんだと実感し、伝える側になろうと起業を決意したんです。

馬油と自分の体への「ありがとう」の気持ち

▷写真提供:岡田恵子さん

──「サンキューバーユ」はパッケージのデザインも素敵ですよね。

岡田さん:30年間という長い期間、ひどい手荒れに苦しんだ私にとって、“馬油は神様からの贈り物”。それが薬局やお土産屋さんでは、隅の方に置いてあったりホコリを被っていたりします。まずは、馬油のイメージを変えたいと思いました。

特別な贈り物という思いを込めて金色をあしらい、「神様からの贈り物が大切な方へ届きますように」という意味を込めて馬車をモチーフに入れました。

──ブランド名の「サンキュー」には、どういう思いが込められているんですか?

岡田さん:一つは私から馬油への「ありがとう」という恩返しの気持ち、もう一つは、ただれながらも私の手を守ってくれていた肌への感謝の気持ちです。馬油を使う方が、ご自身の肌に「ありがとう」という気持ちを持って、大切にお手入れしてあげてほしいという思いを込めました。

──起業しようと決めてからは、具体的にどのように進めていかれたんですか?

岡田さん:幸いご縁があってよい原料が手に入ったので、商品を形にするまでの道筋はありました。ただ、どうやって販売するかが最初の難関でした。

店舗を持つのはハードルが高かったので、まずは商品を取り扱って貰えそうなところをインターネットで調べて、連絡して。最初はなかなかアポイントが取れませんでしたが、諦めずに何ヶ月も続けていくと、駅構内での期間限定の催事を斡旋している会社が「うちで扱ってみる?」と、声をかけてくださいました。

──期間中は、岡田さんご自身が毎日駅に立って販売されていたんでしょうか?

岡田さん:はい。駅ナカの催事は、本当に大変でしたね。駅の構内はそもそも電車に乗る人のための通路なので、駅構内の階段やエレベーターも原則私たちのような出入り業者は使用できません。一日の催事が終わるたびにワゴンを撤収し、複雑な駅構内をものすごく遠回りして全部片付けて、次の日の朝にまた運んで。

そうやってようやく準備しても、興味のない人から「うるさい」と怒鳴られたり、酔った人にお店をぐちゃぐちゃにされたりしました。「なんで私、こんなことをやっているんだろう」と落ち込むこともしょっちゅうでしたね。

──起業当時の苦労が多い経験の中で、岡田さんの支えになっていたものはなんだったんでしょうか。

岡田さん:もういやだと思っているときに限って、お客さまが「この馬油よかったよ」と、買った次の日の朝にわざわざ立ち寄ってくれたんです。お友だちを連れてきてくださったり、家族の分も買うわと追加で買っていってくださったり。そういうお客さまとのコミュニケーションに励まされ、続けることができました。

今では百貨店での催事がメインですが、そのきっかけもある一人のお客さまです。「この商品はすごくいいから、百貨店で売りなさいよ」といってくださって。それから私自身も、この馬油を百貨店のようなもっと日の当たるところに連れていきたい、と思うようになりました。

企画書をお送りしても、最初はなかなかお返事がいただけませんでしたが、諦めずにコンタクトを続けていたら、ある百貨店から一週間の催事にお声がけいただくことができました。声が枯れるまで売り続けた結果、想定以上の売上を出すことができたんです。

そうやって、いただいたご縁を大切に結果を残していくうちに、少しずつお声がけいただく機会が増えていきました。

──思いは大切にしつつ、結果を着実に出していったことが次につながっていったんですね。

岡田さん:バイヤーさんには商品のよさとリピーター率の高さだけでなく、売る力がある、ということも評価していただいています。

それには、駅ナカで人が通り過ぎる中で、興味ない人にどうやったら振り向いてもらえるか考えながら声をかけた、あの経験が生きているんです。経験って無駄にならないんだなあと痛感しています。

自分軸で社会とつながることで、世界が広がっていく

──今後、新たに取り組んでみたいことはありますか?

岡田さん:馬油の原料屋さんを訪ねると、皆さんすっぴんなのに肌がすごくきれいで、馬油しか使っていないとおっしゃるんです。馬油を使いはじめた当初は、顔につけるという発想はなかったので、これからは馬油美容をお伝えする活動をメインにしていきます。

私自身、肌を隠すように生活していた経験があるからこそ、朝起きたときに鏡に写った肌の調子がいいと、それだけで幸せな気持ちになれると思っているんです。顔を洗った瞬間幸せを感じられる人を増やしていけば、世の中もっと素敵になるんじゃないかと。

また私が扱う馬油は、馬の命を分けていただいている商材です。シンプルな美容を実践していると、なにを取り入れるかで体が変わることに気づき、地球に生かされているなと、地球環境を身近に感じるようになります。次のステージとしては、馬油という天然の原料を通して、環境に配慮したライフスタイルを送れる人を増やしていきたいですね。

──起業してからの6年間。ものすごいスピードで岡田さんの世界に変化があったように感じます。

岡田さん:今年で60歳になりますが、60代でも、自分軸を持って社会と関わっていくことが、生きるやりがいや自分自身の豊かさにもつながっています。

──いまは人生100年時代というので、60代はまだまだお若いですよね。さまざまな世代の方にとって、岡田さんは背中を押す存在になりそうです。

岡田さん:70代、80代になっても、人生楽しいなと思える人が増えていけば、世の中も変わっていくと思います。年齢を重ねると失敗が恥ずかしくなったり、チャレンジや冒険が億劫になってきてしまいます。私もまったくパソコンを使えなかったところから、パソコンを買って、少しずつ使っていくうちに、今ではライブ配信ができるようになりました。

下手でもやり続けていくと、その分世界が広がっていっています。「年だから」ではなく、「今なにがしたいか」。そうやって自分軸で物事を考え、語れるようになっていくと、すごく世界は楽しいと思うんです。

至福のひととき

2匹のかわいらしいワンちゃんと一緒に暮らしている岡田さん。近所の公園へお散歩へいく時間が、至福のひとときだそうです。

●インタビュー・文 /村田 あやこ
●編集・撮影 / 細野 由季恵

サンキューバーユ
POPUP SHOPのお知らせ

4月から5月にかけて、伊勢丹新宿店にて「サンキューバーユ」のPOPUP SHOPが開催されます。

開催期間:2023年4月19日(水)〜5月2日(火)
場所:伊勢丹新宿店 本館5F ベッドバスパウダールーム(東京都新宿区新宿3丁目14−1)