村田 あやこ
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村田 あやこ / Murata Ayako
ライター
お散歩や路上園芸などのテーマを中心に、インタビュー記事やコラムを執筆。著書に『た のしい路上園芸観察』(グラフィック社)、『はみだす緑 黄昏の路上園芸』(雷鳥社)。「散歩の達人」等で連載中。お散歩ユニットSABOTENSとしても活動。

第58回目のゲストは、鉢植えの写真を撮影する写真家・小野 さやか(おの・さやか)さん写真家であり、ライフワークとしてもフィルムカメラ ローライフレックスを使用し鉢植えのある風景を撮り続けています。今年3月には、これまで撮影した鉢植えの写真92点を収載した写真集『put set place』を出版されました。「鉢植え」という対象を巡る写真家としての視点について、お話を伺いました。

小野 さやか

千葉県生まれ、東京都在住。
日本女子体育大学卒業後、写真スタジオに入社。
アシスタントを経て2005年に独立。
現在フリーランスとして活動中。

スポーツから写真の道へ

──小野さんがフリーランスとして写真家を志したのはいつ頃だったのでしょうか?

小野さん:じつは私、体育大学出身なんです。ずっと体を動かすことしかやっていなかったのですが、二十歳ぐらいになると、もうスポーツには満足したなという気持ちになって。

ちょうどその当時、HIROMIXさんや蜷川実花さんといったカメラマンが活躍されていて、写真に興味を持ったんです。成人式のお祝いに、着物の代わりにカメラを買ってもらい、写真を撮りはじめました。友だちや花など、目についた好きなものを撮っていましたね。大学卒業後は、知り合いのつてで写真スタジオに就職しました。

──まったく違う世界に飛び込んだんですね! 

小野さん:写真スタジオでは、ライティングやフィルムチェンジなど、カメラマンさんが撮影をスムーズに進めるためのサポートをおこないました。大学で写真の勉強はしておらず、ただ写真が好きなだけで就職したので、最初は「ストロボ」すらわからなかったんです(笑)。「あの光っているものははんだろう?」というレベル。カメラマンとしてのノウハウを実践で学んでいきました。スタジオの仕事は体力や人間関係において厳しい側面もありましたが、その点は体育大学での生活で慣れていたので、なんとかめげずに頑張れました。

2年ほど勤めた後は個人のカメラマンのアシスタントやロケの撮影アシスタントなどで修行を積んで、15年ほど前に独立しました。

──大学まで運動の道だったのが、卒業後は写真一本で活動してこられたんですね。現在は、お仕事としてはどのような写真を撮っているのでしょうか?

小野さん:人物を撮影したり旅の冊子をつくったりと、ライフスタイル系の仕事が多いですね。基本的にはジャンルは決めず、いただいたお仕事を受けています。

──写真家のお仕事は、特にどういうところが楽しいですか?

小野さん:新しい人と取材で会ったり、みんなでなにかをつくっていったりして、刺激をいただけるのが楽しいですね。

──二十歳のときにカメラを手にしてよかったですね。

小野さん:思うままに動いてきただけなんですが、迷ったことも辛かったこともなく、楽しく仕事しています。

人と自然が意図せず生み出す風景

写真提供:小野さん

──小野さんのいまのご活動の中で、「鉢植え」が大きなテーマになっているかと思います。鉢植えをモチーフにしはじめたきっかけはありますか?

小野さん:鉢植えを撮影しはじめたのは2019年の春頃です。普段、ローライフレックスというフィルムカメラを持ち歩いているんですが、あるときふと鉢植えが並ぶ風景を写真に撮って現像したら、おもしろくて。

そこからもう、鉢植えにしか目につかなくなるくらい魅了されて、探して撮るようになりました。ネガを見ると全部鉢植え。鉢植えを撮影したネガの束が70枚くらいになってしまいました(笑)。

──どのような点が「おもしろい」と感じましたか?

小野さん:屋外アートのような、置く人の表現や作品のように感じられる点です。知らない誰かがつくった鉢植えの風景を見つける喜びと、それを切り取る喜びと。どんな人が手がけているのだろう? と妄想することもあります。

──この鉢植えはどんな方が育てているんだろう? と想像したくなる気持ち、わかります。

小野さん:鉢植えに人を感じるんですよね。そして時間の流れとともに置いた人の無意識の行動や、自然物である植物とがどんどん絡み合っていって生まれた、唯一無二の、そこにしかない風景ということが魅力ですね。

──意図せずつくりあげられた唯一無二の作品が、ふと街角で鑑賞できるのは楽しいですね。

小野さん:季節によっても変わるので、定点観測も楽しいですよね。

写真集『put set place』(写真提供:小野さん)

──鉢植えの撮影はどのように進めているんでしょうか。

小野さん:コロナ禍の当初は、仕事が減って時間ができたこともあり、近所を歩き回って撮影していました。

仕事現場で知らないまちにいったときに、周りを歩くこともあります。自分ではセレクトしない場所にいって撮るのも、発見があって楽しいですね。都会のイメージがあるまちに突然路地があって、鉢植えを育てている人がいたり。

コロナ禍では毎日SNSで鉢植えの写真を投稿すると決めて、投稿を続けていたらそれがモチベーションになりました。撮り続けないと追いつかないから、毎日鉢植えを撮っていましたね。

鉢植えの写真を撮る際に使用するフィルムカメラ

──小野さんの鉢植えの写真を見ていると「この日のお天気はこうだったんだろうな」という空気感や、鉢からもりもりとはみ出す植物の動きまで感じられるようなところが魅力です。撮影の際に大切にされていることはありますか?

小野さん:時間と季節ですね。割とフラットな雰囲気が好きなのですが、鉢植えは常に屋外にあるので、日の当たり方によって影とコントラストが強くなってしまうことがあります。光の加減を見ながら、時間や季節を感じられるように撮影しています。

ローライフレックスのカメラは、ファインダーを覗くと左右が逆なので、その不思議な感覚も楽しんでいます。フィルム代が高いこともあって(笑)、1シーンワンカットだけ撮ると決めています。

──現像されてはじめて本来の向きで見ることができるんですね。出来上がった写真を見る瞬間もまた楽しそうです。

写真がさらに好きになった

──今年の3月には写真展を開催し、これまで撮影した鉢植えの写真をまとめた写真集『put set place』を出版されました。制作時にこだわった点はありますか?

小野さん:これまで撮影した鉢植えの写真800枚から、92点をセレクトしました。1ページに1枚というフォーマットは変えず、たまに見開きや余白を入れたりして、テンポよく眺められるよう、ページの構成を何度も練り直しました。

また本棚から気軽に手に取ってパラパラと眺めていただきたいので、写真集を持ったときの軽さにもこだわりました。110ページで1cmくらいの厚みがある写真集なんですが、密度が低い、軽い紙を使っているんです。

デザインは夫が手掛けたのですが、「このあたりのページは写真が詰まっているから余白を入れてみたら?」など、アドバイスをもらいながら一緒につくっていきましたね。

──身近に、客観的な目線でアドバイスをいただける方がいるのは心強いですね。

小野さん:夫もストリートで生まれる現象が好きで、私の活動を応援してくれています。ありがたいですね。

──写真展も写真集も、はじめての経験だと伺いました。一歩踏み出した契機はなんだったのでしょうか?

小野さん:やっぱり、鉢植えというテーマに出会えたことが大きいですね。また撮り続けた蓄積が、形にしたいという気持ちにもつながりました。

もともとSNSには苦手意識があり、インスタグラムをはじめたのも2年位前なのですが、コロナ禍で仕事が減り、じっくりと鉢植えというテーマに向き合う時間ができたことも大きなきっかけになりました。

──写真展や写真集という形で、小野さんの鉢植えを巡る視点をアウトプットされてから、ご自身の中の変化や周囲の反響はありましたか?

小野さん:写真がさらに好きになりました。実際に形にする過程で、他人の表現や作品をより深く読み込むようにもなりました。撮るだけではなく、写真展や写真集という形にするという過程も含めて写真なので、それを通して自分自身が成長できましたね。

あとは、お中元に贈りたいからと3冊買ってくださる方がいたり、植物好きの人に買っていただいたりといった、嬉しい広がりもありました。

──今後、鉢植えというテーマでやってみたいことはありますか?

小野さん:長期プロジェクトになりそうですが、海外の鉢植えを集めた写真集をつくりたいですね。写真集をつくってみて、あらためていいなと思えたので、次にやりたいことも写真集です。

また、鉢植えの写真集制作を通じて、私は「人の無意識」に興味があるんだということが見えてきました。ライフワークとして鉢植えは引き続き撮り続けながら、「人の無意識」というテーマから派生したものを、違うアプローチで写真表現できたらいいですね。

──「人の無意識」という視点の種。今後の表現の広がりが楽しみです。

至福のひととき

写真提供:小野さん

「映画とお酒」がお好きという小野さんは、ご夫婦で映画を見ながらお酒を飲むのが至福のひととき。最近おもしろかった作品は『メリー・ポピンズ』だそうです。

インタビュー・文 /村田 あやこ
●編集・撮影 / 細野 由季恵