エイミーことエントリエ編集長の鈴木栄弥(すずき・えみ)が気になる人を訪ねて、自分らしい暮らし方や生き方のヒントをいただいてしまおうというこのシリーズ。第17回目のゲストは、メキシコで暮らす神田亜美(かんだ・あみ)さんです。

好きなことがあるから、誰かを応援できる。国際結婚を通して見えた社会と私の在り方

神田亜美(かんだ・あみ)さん。 慶應義塾大学から武蔵野美術大学へ編入・卒業。広告プランナーからデザイナーに転身後、雑貨、ファブリック等のデザイナーとして勤務。現在の夫である彼と出会い、メキシコへ移住。数年後に、結婚生活を開始。現在は、イラストやパッケージデザインなどの仕事をメキシコの自宅で行いつつ、日本とメキシコをつなぐ事業を画策中

憧れのままにするのではなく、
可能性を信じて挑戦する

いつも明るく笑顔が魅力的な神田さん。ご自身の好きなことや直感を大切にしながら、持ち前の行動力と優しさで社会と向き合っています。

今回はそんな神田さんに、メキシコ生活を通してのご自身や社会を捉える視点の変化、そしてこれからの活動についてお話を聞きました。

 

――すてきな写真……! 昨年、日本で結婚式を挙げたんですよね。旦那さまは、メキシコの方ですが神田さんはもともとゆかりがあったのでしょうか?

神田さん:いえいえ、まさか自分が国際結婚するなんて思ってもいませんでした……(笑)。現在の夫と出会って一緒にメキシコでの生活を始めるまでは、1か月くらいかな。

――早い(笑)! 不安はなかったのでしょうか?

神田さん:そうですね。母国語レベルで話せる共通の言語がないと細かいニュアンスまで理解できないのでは……と思うことはありました。つまり、精神的に深いところまで分かり合えない、という先入観ですね。初めて夫と話したとき、それまで誰かと英語で会話する時に必ず感じていた不安とか、わからなくてもやもやする感じがなぜか一切なくて、不思議な相性を感じました。あまりに強く惹かれ合って最初から激しく喧嘩もしていたので「実はメキシコに帰らなくちゃいけない」って言われた時、これは“行くか・別れるか”の二択だなって(笑)。

それに、「外国で暮らしたい」という気持ちも小さな頃からなんとなくあって。ずっと憧れのままにするのではなく、少しでもチャンスがあるならやってみちゃおう、という主義で。進路に関しても、慶應大学に入って、それも3年生になった頃にやっと「やっぱり美大に行きたい」と気づいたのですが、「一生後悔するよりは」と、両親にダメもとでお願いして、大学生なのに高校生にまじって予備校に通わせてもらって美大に入り直したんです。

――決断に迷ってしまいそうなことにも、潔く、気持ちに素直に行動にうつされていますよね。メキシコでの暮らしや人との関わりで、ご自身にどんな変化がありましたか?

神田さん:学校や部活、会社などの社会的なコミュニティといったものに所属している、という考えから離れることを学んだことです。「何かに所属することへの依存を断ち切って、自分自身でいること」、とも言えるかもしれません。

――例えば……?

神田さん:
「同じ高校や大学を出た仲間と同じでいるためにどういう会社で働かなきゃいけない」、「同期の女の子たちに負けないようにどういう学歴や職業の人と何歳までに結婚しなきゃいけない」とか……。

そういった暗黙の縛りから、はみ出したり、乗り遅れて後ろ指さされるのを恐れて生きていたのかな。こういったことは、日本から離れてみて気づくことができたし、解放されたというのがひとつです。

もうひとつは、メキシコ人との関わりの中で気づいたこともあります。

日本では仕事が第一優先という人が多いと思います。私もそうでした。でも私の場合は、自分で考え抜いて仕事を家族や恋人より優先しようって決めたわけではなくて、勤めている会社や業界、日本社会に所属する一員として、“そうするのが当たり前”という雰囲気、または義務感に流されていたんです。

家族と旅行に行くための休暇がとれないのは仕方ない、平日は午前まで仕事をするから友達に会えなくて当たり前、だってここ(会社や部署、業界などのコミュニティ)に所属している人はみんなそうだからって。

そうすることで「私はみんなと同じに頑張っている」、「ここに所属しているから、私は価値のある人間なんだ」、っていう安心感が自動的についてくることに依存してしまっていて。自分自身で何が大切か考えようとしなかったんだと思います。

メキシコ人は「家族や趣味が大事」という人が多いんです。仕事の優先順位は後手に回っていることは珍しくない。「娘の誕生日なので帰っていいですか?」と言える寛容な社会があります。ただし、反対に家族と過ごす時間がとれない場合など「仕事なんだから仕方ないだろ!」と言っても、「はぁ?」と言われますよ。家族と過ごすことを考えて、この時間帯の仕事選ぼうっていうように仕事を選んでいる人も多いんです。

――まずは、身近な人を大切にできる環境があるんですね。

神田さん:夫も夜中まで働くことが多い職に就いていたんですね。でも私と暮らすことが決まったときに、「学校の先生(二部制)になる。そうすれば、午後は家にいられるから」と言って職を変えてくれました。朝5時に家を出て、早ければ16時頃に帰ってくる。私が仕事するようになってからは、私が17時に終わると迎えてにきてくれます。

つい仕事に夢中になっても彼が迎えにきてくれるから私も終わらせようって思うし、会社も「家族がいるんだからみんな帰りなよ」っていう雰囲気。メキシコにきてああ、私にとって本当は家族がすごく大切で、仕事は2番か3番でよかったんだ」と初めて気づきました。

――すてきですね。確かに日本では、周りに遠慮して本当に大切な人やコトに気づけないケースも多いかもしれない。

生活格差がすぐそばに見える国で問う、自分の生き方
 

神田さんの住むグアダラバラ、ある日常の風景。

――日本とメキシコ、「仕事」だけでも個人の価値観の違いはたくさんありそうですね。社会全体ではなにか気づきなどありましたか?

神田さん:例えば、日本にいると貧しい人がいるとか、子どもの貧困率が高い、ということをメディアを介しては見聞きしていましたが、子ども食堂の記事なんかを読んでも、貧困の問題を自分の目で見て、体感する機会はなかったんです

以前、メキシコでアジア食品を輸入する会社で働いていたのですが、食品展示会に出展することがよくあって。各会社がサンプルの食品を配っているんだけど、終わりの時間になると食べ物を求めて、外で待っている子どもたちがたくさんいるんです。「余ったサンプルをくれ」って。

試食を捨てようとする傍らで、「食べ物をください」っていう人たちがいる。その光景がどちらも日常にあるんです。だから自然と、お腹を空かせている人たちにできることがあるかもしれないと思うようになりました。

――言葉を失ってしまいます。無関心ではまず気づかないし、知っていても実体験がないとそういうことを考えていてもどこか他人事になってしまう。

神田さん:そうですよね。夫からは「どうして日本のホームレスには大人しかいないの?」って言われました。そうやってメキシコの社会を知る夫の気づきを伝えてもらい、ディスカッションをすることで視野が広がるんですよね。

こういう日常のなかで、食べ物だけじゃなく洋服なども同じで売るために余るくらいつくるという大量生産や大量破棄に疑問も感じるし、私はそうじゃないことをしたいなって思うようになりました。

課題を全て背負わなくてもいい、
好きなことで助け合えば。

神田さんの作業机

――メキシコでの暮らしで感じたことで、ご自身のお仕事や作品づくりに対するスタンスは変わりましたか?

神田さん:日本の広告代理店で働いていた時に「こんなに一生懸命働いて、私はどんなことで社会に貢献できているんだろう」ってふと疑問に感じて、頑張って働くからこそ、そのエネルギーを、誰かの幸せに役立てたいなと思い始めたんです。

社会には解決すべきと言われている問題は本当にたくさんありますよね。先の食品展示会の話題で触れた、フードロスの問題は恵方巻きの大量廃棄問題で日本でも最近話題ですね。その一方で起きている食料不足、貧困や、人身売買、人種・ジェンダー・宗教など様々な要因で起きる差別、難民、環境汚染に、動物虐待などなど言い尽くせないところか全てを知ることすらままならないくらい……。

ひとりでは全部に向き合いきれないけど、社会全体で見た時に、ひとりひとりが、自分が関心を持ったことに対して向き合ったり自分の得意だったり好きだったりすることを生かした活動をして助け合えばきっとうまくまわると思っています。

私もわがままなので社会のために何かしたいという気持ちがある一方で、自分の好きなことがしたい気持ちも強いんです。だから最終的には、どちらの思いも繋げて行きたいし、その方法を見つけて行動して行きたいなと思っています。

――日本で感じた疑問や現地での暮らしを通し、情報発信も行われていますね。

神田さん:はい、私の好きなことって絵を描いたり、ものをつくったりすることなんです。だからコミュニケーションの手段として絵を使い、コンテンツをつくり、メッセージを伝えていくのも良いな、と。

そこで最近出会ったのがチャリツモ」という社会問題を分かりやすく、小学5年生でもわかるように伝える、というウェブメディアです。早速、会いに行ったらとっても素敵な方々なんです)色々お話する中で、メキシコで社会科の教員をしている夫と、私との会話をイラスト付きで書いてみては、と言っていただき、連載を始めました

1回目では、日本の校則について、2回目では「外国人と英語でわかり合うには?」ということを話しています。ちなみに、英会話の上達方法とかじゃなくて、外国人同士のコミュニケーションについての話です。

――旦那さまとの出会いがお仕事や生活に活かされていますね。

神田さん:そうなんです! 夫や家族、友達はもちろん、これまでに出会った人や経験の全てが、私の仕事というか、これからやっていくこと、生き方にリンクしていくと思っています。無理に生かすつもりはなくても自然にどこかで生きてくるものだなと、最近よく感じます。

夫と出会う前、偶然、メキシコや中南米でつくった衣料を扱うエスニック系のアパレルブランドで仕事をしていたんですが、それでメキシコの伝統的な刺繍が大好きになったんです。

こういった刺繍をはじめとする民芸品は、メキシコのインディヘナ(ネイティブメキシカン)の人たちの昔から伝え守ってきた文化で、今でも伝統的な暮らしを続けて、民芸品を作っては売って生活している人たちがいるので、今私の暮らしているグアダラハラでも、道端の屋台や市場、色んなところで目にします。

ただし、こうした伝統的な暮らしをするインディヘナの中には自分の暮らす村から遠くの都会まで売りに行く交通費が捻出できず生活に困窮する人たちもいるし、赤ちゃんを背負い子どもたちを連れて道端で物を売っているお母さんたちも、生活が安定しているか、という視点で見ると結構大変そうです。

別の仕事を求めても、インディヘナの言葉が母国語だとスペイン語が第二言語ということもあり、読み書きが不得意なことも。かといってお金のことだけを考えて、子どもたちが皆スペイン語だけを話すようになり、村を出て都会に住んで大企業で働くようになったら伝統は失われてしまうので、状況はなかなか複雑です。

――伝統を守るための課題がたくさん見えてきたんですね。

神田さん:私の大好きなものと、その周辺の解決すべき課題がここにあることを知り、「やるべきこと」は、きっとここにある気がしました。

すごくラッキーなことに私には信頼できて全面的に協力してくれるメキシコ人の夫や家族、友達もいます。以前日本で働いていたアパレル会社の仲間たちとは今でもすごく仲良しですし、同じ志をもっている……と、色んなピースが揃ってきた感じです。

皆と力を合わせてメキシコの可愛い刺繍や民芸品を日本に届ける、お金が回る仕組みを維持して伝統を守るお手伝いをする、そんなプロジェクトを画策中です。これは、とっても欲張りな私の、やっていきたいことの一つ、という感じです。

 

――ありがとうございます。神田さんの前向きに社会に向き合う姿やパワー、とてもすてきです……。それに、全部実現していきそう。これからも神田さんの活動、注目させてください!

 

「家族といる時間」が至福のときと答えてくれた神田さん。現在は夫ファミリーとも仲良し! お誕生日にはみんなで集まってお祝いをするそう。神田さんのすてきな笑顔は、どこへ行っても周りを明るくしているようです……!

 

お話を聞いた人

●エイミー編集長

鈴木・栄弥(すずき えみ)。小さな頃から建築士に憧れ、建築模型つくりやチラシの間取りを見て生活を想像することが好きな暮らし妄想系女子。現在のホームテック株式会社では、2級建築士として働きながら『ライフスタイルマガジン エントリエ』の編集長を勤めている。

この記事を書いた人

●文 すだ あゆみ

1984年東京都生まれ、横浜市在住のママライター。活字中毒で図書館と本屋が最高の癒しスポット。すき焼きの春菊が苦手。ここ数年、筋トレにはまっている。

 

●編集 細野 由季恵