エイミーことエントリエ編集長の鈴木 栄弥が気になる人に、自分らしい暮らし方や生き方のヒントをいただいてしまおうというこのシリーズ。第28回目のゲストは、東京都江戸川区平井で「平井の本棚」のオーナーを務める津守 恵子さんです!

まちの人たちが緩やかに集う本屋

津守 恵子(つもり・けいこ)さん。東京生まれ。編集業のかたわら、2018年に書店『平井の本棚』を開店させる。

東京都江戸川区平井で、ご実家のあった空間を本屋「平井の本棚」としてリノベーションされた津守恵子さん。一階は新刊書と古書の販売、二階はイベントスペースとして、さまざまなワークショップやイベントが開催されています。開店の経緯や、お店に集うユニークな人たちについて、お話を伺いました。

「本屋のなくなったまちで本屋はできるのか」

――現在お店がある場所は、もともとご実家だったと伺いました。

津守さん:はい、結婚するまでここに住んでいました。現在の書店がある場所には、もともと父が不動産屋を、また正面ではかばん屋を営んでいて。ほかにも、菓子屋や洋品屋と一族全員が平井で商売をしていたんですよ。

――開店のきっかけは?

津守さん:平井には、本屋が一軒もないんですよ。『ブックオフ(中古本のチェーン店)』も閉店になってしまって。だから最初は、「本屋のなくなったまちで、本屋はできるのか」と少し試験的な気持ちではじめてみようと。

それで、父が亡くなり不動産屋を畳んだあと、テナントに貸していたのですが、そこが空いたタイミングで1か月だけ古本市をやりました。もともと出版・書店業界に知人が多く、まちの本屋が成り立たない状況や大型書店の閉店やリストラについて、思うところがあったんです。

――そんなきっかけがあったんですね。古本市はどのような体制で運営されたんですか?

津守さん:当初は、知り合いの古本屋さんにバックアップしてもらいつつ、『一箱古本市(※)』によく出店している人たち数名に声をかけて交代で店番をしてもらいました。半分は古本屋さんの本を、もう半分は関係者各自が選んだ古本を売ってもらうという形態を取って。

そのときに来店したさまざまな方が、たくさんお話をして帰っていくという光景を目にして「あれ? いま本屋ってそういう場所なの?」と驚きました。そして、本屋を経営する難しさを実感するとともに、興味本位な姿勢と軽率さを反省しました。

※一箱古本市…各出店者が段ボール一箱分の本を持ち寄り販売する古本市。

――ビジネスとしても厳しさを感じたんですね。それでも『平井の本棚』をオープンしたのは、どうしてでしょう?

津守さん:駅前の立地なので、テナントとして募集をかければ多分確実に次のお店が入ります。でもあらためて周囲を見ると、チェーン店ばかり。個人の顔が見えにくく、まちに面白味がなくなっている。そして何より、本屋をやるのが面白かった。それで、えいやっと。

――もう少し、後先を考えたほうが……(笑)。

津守さん:そうですよね。これまでも、本当にたくさんの方々が心配して関わり支えてくださいました。ただ、複数人が交代で店番するという形態では、さすがに永続性がないなと。

そんなとき、松本で『おんせんブックス』という屋号で古本屋をやっていて、新刊書店での勤務経験もある越智 風花さん(以下、越智さん)が近くへ引っ越してきたことを知って「手伝ってもらえないか」と、声をかけました。

現在メインで書店業務を担っている越智風花さん(左)と、オーナーの津守恵子さん(右)。津守さんの前にある柱は、ご実家の大黒柱だったそう。

――越智さんに入ってもらい、どんなことが変わりましたか?

津守さん:なにより運営が安定しました。また本の見せ方、棚づくりも随分と変わりました。

現在は、買取や値付け、棚づくりなど、越智さんが主軸となって店をまわし、ほかの先輩本屋さんのサポートを得つつ、本屋としての実務的な経験を積んでくれています。他にも数名の方々が、店番やイベント企画など、さまざまに関わってくださっています。

「本屋ってなんでしょうね?」
まちに根付く持続可能な本屋を考えている。

ご実家の金庫についていたという家紋をお守り代わりに。

――津守さんご自身も面白いですが、お店の運営体制も魅力的。ガチガチに枠を固めすぎず、周りの人にある程度委ねている感じが、心地よいですよね。

津守さん:私はおおざっぱなので、「計画通りにやりたい」という人にとっては、苦痛な場所かもしれません。走りながら考える、見切り発車が多いので。

あと棚づくりにはスキルが必要ですし、本の知識に乏しく小売に慣れていないと辛い。本屋は体力仕事だから、身体が動き、目端がきくことも大事だと思います。

――本屋としての実務経験を主体的に獲得しようという意志がある人にとっては、すごくいい場所なんですね。

津守さん:そういう意味で、こうした場を活かしてくれたらと思っています。

――「平井の本棚」をどんな場にしていきたいですか?

津守さん:本屋ってなんなのでしょうね。いま、本はネットで手に入れるほうが簡単だし、電子本は便利でかさばらない。本に付随して企画を売り、いろんな可能性を提案して、とにかく食えるようにしないと。

また、まちに根付いていないと地元の人から本屋としての信用が保たれず、古本の買取もあがらない。そこを出過ぎずに、どうして支えていけるかを考えています。

――平井の本棚さんでは、イベントも多く企画されていますよね。

津守さん:これまで、南方熊楠と変形菌、縄文土器と岡本太郎など、本のフェアと連動するトークをやってきました。最近では『編集者/翻訳者と読む読書会』、異なるジャンルの人が対話する『スナック越境』のほか、関係者の興味がある地図やまち歩き、温泉や平井の銭湯などに関連するイベントを行っています。


昨年10月に開催した、銭湯をテーマとしたイベント

――企画はどう詰めるのですか?

津守さん:企画はかなり成り行きで決まります。飲みながら話していて「いいね、やろう」みたいな。たたき台を関係者の誰かが出して、それに興味のある人がアイデアを付加し、具体的な構成を詰めます。人によって観点が違うので、その過程にも発見があります。

――視点が違う人が一緒にいるのがいいですね。

店舗二階部分はイベントスペースとなっている。

津守さん:開店のオープニングパーティで参加者に、「平井の子どもに読ませたい本を一冊ずつ持ってきて、コメントと一緒に寄贈してください」という企画をしたことがありました。「本の種を蒔いてください」という趣旨で、寄贈していただいた本を「平井の本畑」として販売したところ、すごくいい本が集まって、ほぼ全て売れたんです。

――子どもに読んでもらいたい本という視点で選ぶと、ただ家にある不要な本を処分するという観点ではなくなりますね。

津守さん:そうですね。ただ、イベントが必ずしも本の売上に繋がらなかったり、集客こけたり、企画として孵化しなかったり、こちらも試行錯誤です。

「人は本屋に来て、こんなに話すのか?」
まちの面白い人たちが集う、日常風景

――開店後、印象的だったエピソードはありますか?

津守さん:いろんなお客さまがいらっしゃいます。例えば、鉱石にはまっている高校生、栞・ブックカバーのコレクションを持参される方、地元のご年配の方で「川端(康成)の『千羽鶴』あるかしら? それだけ読んでなくて」とか。サンダルばきで、しかもエプロンを着けたままやってきたりするんです。

お店にくる年配のお客さまは、総じてたくさんの本を読んでいらして、それが生活上で得た知見といい具合に組み合わさっている。こうした一見するとわからないことが、人の厚みや安定感につながるのかな、と考えたりします。

――人生の中で必要性にかられて読書されているんですね。

津守さん:文学が人生知の支えになって、すごく自然なのです。介護や看取りの話をなさる方も多い。亡くなった旦那さんが読書家で、はじめてプレゼントされた本の思い出をポロポロとお話してくださることもありました。古本を通じて、死を受容していく過程、グリーフケアのような役目を担っているな、と思うことがありますね。

さきほども少し触れましたが「人は本屋に来て、こんなに話すのか?」っていうことには、驚きました。

――津守さんだからこそ、つい色々と喋りたくなのかもしれませんね。

津守さん:あとは『ごんぎつね(※)』。達筆な字で「どなたかに読んでもらえると嬉しいです」っていうメモとともに、店内に本がそっと置いてあって。それからも同じようなことがあると「あ、ごんぎつねが来たね」って。失礼なんですけど。

※『ごんぎつね』とは…新美南吉作の児童文学。いたずらをした狐が、償いとして魚や山菜をそっと戸口に置いていく話。

――何回もあるんですか?

津守さん:はい、名前はなくてメモだけ。袋に入った本やさだまさしのCDがそっと置いてある。何人かいらっしゃるのかも。お声がけくださればよいのに。奥ゆかしいというか……。

――へ〜! まちの本屋では、静かに、だけど驚くようなことが起こっているんですね。

津守さん:「一人貸本屋」状態のお客さまもいらっしゃいました。『アドルフに告ぐ』の一巻を買われたあと、二巻目を買っていかれたんですが、いつの間にか書棚に一巻目が戻っていました(笑)。貸本文化の中で生きてこられた方たちなのかもしれませんね。

――津守さんから見たまちの人は、どんな雰囲気ですか?

津守さん:目新しいもの好きで熱しやすく冷めやすい。以前、袋に入った覆面本をくじで引く企画を行ったんです。第一号のお客さまは80歳くらいのおばあちゃまでした。「くじ引けるんでしょ」って開店待っていた。そのあと「母が引きあてた本がよかったから」と娘さんが買いにきて。

――新しいものを見つけると、体験しにきてくれるんですね。しかも、それをきっかけに人が人を連れてくる。

くじで本を選ぶイベント「文福文学」

この袋の中に本を入れ、くじ引き方式で販売したそう。

津守さん:平井は口コミがすごく早い。お店をはじめた当初、開店時間が一定しなかったのですが、「さっき親子連れが『今日は平井の本棚開いてるかな』って話しながら歩いていたから、開いてるよっていっといたわよ」とお客さまが教えてくれて。

――「平井の人はよくものをくれる」という話も聞きました。

津守さん:店番をやっていると、よく食べ物をもらいます。裏のスーパーで買った食パンとか冷やし中華とか、日用の食品。謎です。まちを掘っていくと、個性的な人たちが塊にならず点のまま面白いことをしています。

――平井の本棚さんのように集える場所があると、面白い人たちのハブになっていいですね。

津守さん:平井は地縁がすごく生きているまち。そこに若い世代が新しく流入してきて、古くからの住民と新住民がいる。中国系やインド系など、多国籍なのも特徴です。知り合いや用事がない限り降りることがない「ついでがないまち」。

だけど、コミュニティの力が強く、外から来た人にはすごくオープン。川に挟まれた島状のゼロメートル地帯、フラットなのも気質に影響しているのかもしれません。

――東京だと、台地の上に大名屋敷があって、低地に町民が住んでいたみたいなまちもありますよね。

津守さん:平井はその点、フラット。見下ろすことも、見上げることもしないし、できない。有名なものも自慢するものもないけど、地元愛が強くて、こだわらない。実利的で金銭にシビアですから、そうした場所での商売というのは、非常にしんどい。でも面白いです。ぶらっと散歩して喫茶店入ったり、買い食いしたり、銭湯に入ったり、土手歩いたりすると、そのゆるさを実感できるかもしれないです。

――平井の本棚さんは、それが凝縮されたような空間ですね。

津守さんの至福のひとときは「きっつい温泉にじっくり浸かった後に、布団にくるまって本を読むとき」。昨年10月発行の『平井の本棚通信』のメインテーマは「本と湯」でした。

イベントのお知らせ


「路上にはみだす園芸」をテーマに、園芸欲・生命力・感情・私生活など様々なはみだす園芸の写真を展示予定。25土午後は、平井を「飲み屋園芸」目線で歩く街歩き&はんこワークショップも。

■日時 2020年1月24日(金) – 26日(日) 13:00~20:00
*25日(土)は、平井を「飲み屋園芸」目線で歩く街歩き&はんこワークショップを開催
参加費 1,500円(飲み物+お土産付)、参加申込はこちらのメールアドレスまで
■場所 平井の本棚 2F(東京都江戸川区平井5丁目15)

「平井の本棚」
【WEB】https://hirai-shelf.tokyo/
【twitter】https://twitter.com/hirai_hondana

●インタビュー・写真 / 村田 あやこ
twitter ▷ https://twitter.com/botaworks
●編集 / 細野 由季恵