Tokyo Birthdays  

リクツで説明するのはむずかしい、
けれど「至福」を感じる場所と時間がある

私たちを芯からぐっと強く、
時に優しく包み込み、引きとめてくれる風景。

東京で日々生まれるエントリエ的な一瞬を
言葉と写真でお届けします。

#20 夕刻、水の中に沈むまち

ヨーロッパを旅行するときの楽しみのひとつに、高速バスや鉄道の窓から望む広大な田園風景がある。

平野の空は広く高く、表情豊か。時には雲間から光が差し込み、ヨーロッパの宗教画に見る、今にも神々が降り立ちそうな劇的な風景にもなる。

最初はただその空の美しさに感動していたが、何度も見かけるうちに、絵画にあった景色は決して虚構ではなく、実際に起こる現象を模写したのだと気づくようになった。

日本人の私にとってあまりにも劇的な空は、ヨーロッパの人々にとっては毎日の空の表情のひとつ。それが心象風景として残っているのだろう。

そんな旅先で見る自然現象への感動は、同時に東京と神奈川の境にある地元の空の記憶を思い出させてくれる。

改札を出ると、やけにひらけた空間が広がる駅前の風景。坂の上にある駅周辺は、周りに高い建物がなく、手前から奥に向かって建物が沈み込み、あるところからまた登っていく。

そこでは日が暮れる時間になると、しばしば空がほの暗い独特な青さに染まる。どこにでもある現象だが、地元の地形のせいか殊更青く、まち全体が水の中に沈んでいるかのように感じる。

このまえ地元に戻ると、また水の中にまちが沈みかけていた。しばらく眺めていると、最初はグレーっぽい霞がかった青さで、その青がどんどん深くなっていく。遠くに見える山の稜線と空の境界線が徐々に曖昧になり、今にも溶け合いそう。空に雲は見えず、全てのものがのっぺりとして見える。

そんな光景を眺めるたびに、気づけば日々の生活でざわついていた心がフラットになっていく。

東京の都心部は建物が高く、空が小さい。青く染まった時も地元で見るような感覚は得られない。私は時々、その青い風景が恋しくてやまなくなる。

Ιスポットデータ
多摩エリア某所

■プロフィール■
文、写真 / 宇治田 エリ
東京都在住のフリーライター&エディター。趣味はキックボクシングと旅行。ここ数年の夢は、海外でキャンプすることと多拠点生活。毎朝ヨーグルトに蜜柑はちみつをかけて食べることが幸せ。