村上 智彦
ゲスト
村上 智彦 / Tomohiko Murakami
GEN COMPANY代表/大工、二級建築士、一級古民家鑑定士
1978年北海道恵庭市生まれ。札幌市立高等専門学校インダストリアルデザイン学科建 築デザインコース卒。関西を中心に社寺建築の世界に携わり、2012年から恵庭市に拠点を移し、社寺建築の伝統的な技術と知識、デザインを軸に、大工・建築家・デザイナーという立場を行き来しながら幅広く活動している。
細野 由季恵
記事を書いた人
細野 由季恵 / Hosono Yukie
WEB編集者、ディレクター
札幌出身、東京在住。フリーランスのWEBエディター/ディレクター。エントリエでは 副編集長としてWEBマガジンをお手伝い中。好きなものは鴨せいろ。「おいどん」という猫を飼っている。

第62回目のゲストは、北海道恵庭市を拠点に、建築の技術や経験を活かし暮らしに関わるさまざまなものをつくっているGEN COMPANY代表の村上 智彦(むらかみ・ともひこ)さんです。宮大工時代に得た技術と「あるものをいかす」「ともにつくる」という考えを軸に、自身が中心となってクライアントだけではなく、自身の生活環境をつくりあげています。“生きるために、必要なつくる技術をひとりひとりが取り戻す必要性を感じています(GEN COMPANYのHPより)”という村上さんの恵庭にあるご自宅を訪ね、現在のお仕事や暮らしについてお話を伺いました。

住まいは、「劇場」。さまざまな人が出入りする、おもしろい舞台「とものいえ」

もともと関西で社寺建築の宮大工をされていた村上さん。独立を機に地元北海道に戻り、恵庭市にある一軒家をリノベーションしました。敷地内に建てられたツリーハウスや工房、イベントスペース、畑はすべて村上さん、ご家族、仲間たちとつくりあげています。そして、この場所はご友人によって「とものいえ」と名付けられました。

──この家は、2年間かけてご自身でリノベーションされたそうですね。

村上さん:はい、家族みんなでリノベーションしました。この家をつくりはじめたとき、まずはフィールドワークをして、知り合いの工務店さんや解体業者さん、建材屋さんに「余っている材料はないですか」って聞いて回ったんです。余っているものや、今不要なもの、お裾分けしてもらったものを使ったり、直したりしてつくってきました。

今あなたが座っている椅子ももらったものだし、ダイニングテーブルは廃業になったボーリング場のレーンだし、床は古い郵便局の床材でした。

写真提供:GEN COMPANY、撮影 辻田美穂子

──ボーリングのレーンですか。すごいですね。

村上さん:設計やデザインされたものよりも、その辺にあるものをそのまま工夫してつくるのが好きなんですよ。これとこれを組み合わせたらおもしろいんじゃないかなって。だから先に「こういうものがつくりたい」というのはなく、「何を使うのがこの場で最適なのか」をいつも考えています。

──設計図はないのでしょうか?

村上さん:この家は設計はしていません。だって先にデザインしちゃうと、そうにしかならないから。設計にものを合わせなきゃならなくなります。でもだれかからものをもらってつくると、イレギュラーなことや変数が生まれる。それがクリエイティブなのではないかと。

ぼくのモットーはブリコラージュ(あり合わせでつくること)であって、先に設計がないんですよ。どれも、もらってから考えている。

──「あるものをいかす」という考え方ですね。

村上さん:ものひとつひとつには、ストーリーがあるわけじゃないですか。床や椅子、キッチン、電気の配線まで、ここに来るまでに経緯がありました。そこにさまざまな人が登場することが「劇みたいだな」と思ったんです。この家に住めるようになるまでには結局2年もかかりましたしね。

──「住まい」とは、村上さんにとってどのようなものでしょうか。

村上さん:そう、だから、劇場じゃないですかね(笑)。たとえば、ある企業を引退したおじさんグループが「お金はいらないから電気工事をやらせてくれ」と訪ねて来たことがあったんですよ。こういうふうにやったらかっこいいんじゃないかとか、ある程度の必要な要素だけ伝えて、彼らのアイデアに任せていたんですよね。そしたら配線を切り間違えたとか高さが違うとか、イレギュラーなことが起こりまくったんです。

でも普通に頼んでいたら、起こらないことですよね。そのおじさんたちとぼくとの関係性で生まれた失敗みたいな出来事も、なんかおもしろいなと思ってしまったんです。

──“お金を払ってつくってもらう”という関係性では生まれないですね。

村上さん:生まれないですよね。建築の仕事も最初はぼくらがつくるのを手伝っているだけなのに、いつの間にか関係性が逆になるじゃないですか。頼んだ人が、頼まれた人に「お金払っているから」とか。だからね、フラットにやった方がいいんじゃないかなと思っていて。別に職人さんがすごいわけでもないし、お客さんがお金を払っているから偉いわけでもないと思っています。

ぼくはお客さんとの仕事でも、自分でつくってもらうことがあるんです。そのほうが大事にできるし、仕組みがわかるから。お客さんも一緒につくりあげることで生まれる安心感もある。「職人さんたちって、こんな思いでやってるんだ」と、わかりますよね。

──たしかに自分でつくったものや思い入れのあるものは、できあいよりも愛着がわきます。
村上さん:もちろん時間はかかるし、大変なこともいっぱいあります。それにさっき言った変数とか予定調和じゃない部分を重視しすぎると、 完全にコントロールを失うこともあり、その塩梅には気をつけています。まぁ、「とものいえ」に関しては自分の家だからいいかなと思っていました。

ものをもらう力、頼る力

──でも、そんなに「活かせるもの」というのは、あるのでしょうか?

村上さん:まちや風景をじっと見てたら何かがあるはずなんですよ。ぼくはいっぱいもらってきたから、譲ってもらい方とか、譲ってもらえるものがわかるようになりました。

──「もらい方」ですか?

村上さん:たとえば「このメーカーの●●が欲しい」なんていっても、誰もくれるわけないです。それは、もの乞いです。だって、もらう側だけしかいいことないんだったら「なんでお前にあげなきゃならないの」って思いますよね。

あげる人にも、もらう人にも、社会にもいいことがないと、意味がないなと思っています。だから、この人にあげたい、という気持ちになってもらえる仕掛けとか、それを活用できる仕組みをつくり見せていけないと循環していかないのだと思います。

──その仕組みで巡ってきたもので、この「とものいえ」ができたんですね。

村上さん:ぼくは建築だけでなく、食の分野でもこの考え方を大切にしています。きっかけは内装工事をさせていただいたことで知った、白老町で15年前から運営されている「白老グランマ」という食堂です。この食堂では、近所のおばあちゃんたちが地元の素材を使った家庭料理を提供しています。

これは自分のまちにも必要だと感じて、「恵庭グランマ」を立ち上げました。メニューを考えるときも、おばあちゃんたちと「今、旬はなんだろう。畑に何がある?どんなのもがつくれますか?」 と話し合って、今あるものからメニューを決めるんです。そういうお店です。

写真提供:恵庭グランマInstagramより/恵庭グランマの内装ももちろん村上さんによるもの。運営の仕組みを知った村上さんは現在、「白老グランマ」と資源提携を結び、恵庭からは野菜、野菜の収穫量が少ない白老からは鹿肉や魚を送ってもらっているのだそう。

──わたしが村上さんを知るきっかけになった「ARAMAKIプロジェクト」も、使われなくなった鮭箱を利用した作品でした。改めていろんな活動をされているのだなと。

村上さん:ときどき何屋さんだったっけ? って思うんですけどね。先週もブルーベリーの選定をしていましたから(笑)。ブルーベリーの木を譲り受けてしまい、選定を教えてもらいに余市町の農場へ行ってました。

──(笑)。

村上さん:そもそも「GEN COMPANY」というのは、ただの屋号です。工務店やアトリエではなく「COMPANY」にしたのも、なんとなくぼくがやりたいのは「建築じゃなさそうだぞ」というところから、友人が名付けてくれました。

関西で宮大工の仕事をしていたけれど、お寺ってひとりでできない。大勢で何かプロジェクトをやって、メンバーが増えたり減ったりするっていうのが普通だったから、仲間と一緒にやった方がいろいろなことが同時に起こって大変なことも多いですが、楽しいと思っています。

写真提供:ARAMAKIプロジェクト/村上さんの活動のひとつ、「ARAMAKIプロジェクト」は、北海道の伝統的な保存食 新巻鮭を運ぶ際に使われていた木製の鮭箱を再利用。伝統的な技術や素材を大切にしながら、新しいプロダクトを創造しています。

──人を集めていくのが、上手なのかなと感じていて。

村上さん:上手なのではなくて、やっぱり『この人がやった方が絶対いいよな』と思ったら、全力でお願いしますよね。その代わりに僕がやった方が良いことは僕がやります。

──わたしは自分にできないことをお願いするときに、ハードルを感じてしまいます。頼り下手というか。

村上さん:頼り下手というお話、よく聞きます。僕は得意なのかもしれませんね。たとえば「先輩にお願いした方がいいと思う。絶対その方がいいでしょ」って。お願いするときは本気でそう思って頼まないと伝わらないかもしれないですね。頼った方がいいときは頼ります。

あと、いつもお願いばかりしていると申し訳ないと思ってどんどん頼り下手になってしまうのかなと思います。お願いするからには頼まれてくれた方にも良いことがあるようにいつも考えています。もらい方、と同じです。

GEN COMPANY立ち上げときに、仲間と決めた6つの「ともに」。

──自分も言えるようにしてみます。


村上さん:ひとりではなく、だれかと楽しみを分け合えたら幸せじゃないですか?  「おいしい、楽しい、おもしろい」。それは、心がけています。

つくる楽しさを、だれもが思い出せるように

ARAMAKIプロジェクトの鮭箱は、ご家族の思い出のなかにも生きています。

──お話を聞いていて、いつも楽しそうだなと思って。これまで活動をされてきたなかで、失敗談はあるんでしょうか?

村上さん:たくさんありますよ。大工さんはクライアントワークです。当たり前だけど、自分で自分の家を直したら誰もお金を払ってくれないんですよ。やってみるまで、気づかなかった(笑)。

──(笑)。ご家族も一緒につくっていたんですもんね。

村上さん:子どもたちには、3歳から大工道具を持たせて、5歳にはこの家の解体を手伝わせて。ツリーハウスも夏休みに一緒につくったものだし、小学校を休ませて、現場の足場組*に連れて行ったりしていましたね(笑)。「これくらい、できないとだめだよ」って。

*足場組とは……建築作業ために、仮に組み立てられた作業や歩く場所

写真提供:GEN COMPANY、撮影:辻田美穂子/お子さんたちとつくったという「とものいえ」の敷地内にあるツリーハウス。

──教えていたのは、技術ですか? マインドですか?

村上さん:マインドですね。「その辺にあるものでシェルターくらい、つくれるようになっておかないと」って。

──なにかをつくり出すとき、大変さを感じることはありますか?

村上さん:ずっと大変です(笑)。どれも思いつきですから。思いつきが形になるかどうかは、できてみないとわからないなと思いながら、途中で違うなと思ったら変えることもできるのでそれは強みかもしれないですね。

──大人になると「つくること」のハードルが上がってしまった感じがします。

村上さん:そう思います。みんなつくるのが好きだったと思うんです。小学校の頃とか。工作を教えるのではなく、一緒につくるのが一番だと思っています。だから、工作を子ども達と一緒にすることが、今後やりたいことのひとつです。 ぼくも一緒に工作して遊んで、それが形(仕事)になったら最高ですよね。遊びが仕事に。境目がない。それがいちばん楽しいと思っています。

写真提供:GEN COMPANY、イラストレーション:村上さんのご長男/「子どもたちのつくったものは、取ってあるんですよ。悔しいけどかっこいいものは飾ってます」と笑う村上さん。

──お会いする前から村上さんの活動を拝見していましたが、お話をうかがって、改めて生活すべてのことを表現されてる方なんだなと感じました。
村上さん:まだまだやりたいことは山積みです。日々の暮らしに、終わりはありませんから。

至福のひとときは“家族といる時間”と“工作してるとき”と教えてくれた村上さん。なんとハエ叩きまで、お手製。そして、家にもまだまだ手を入れるところが残っているそう。「最近、途中っていいなって思ってます。終わってないって、まだ余地がある」(村上さん)。