totoganashi (近藤百恵)
ゲスト
totoganashi (近藤百恵) / totoganashi
作家
植物や鳥をモチーフにしたアート作品を中心に、オリジナルイラストを原画にしたテキス タイルアイテム・ペーパーアイテムの制作・販売を、展示会やオンラインストアで行う。目の前の方のイメージのお花をその場で描く、ドローイングイベント「絵のお花屋さん」も、個展在廊時など定期的に行っている。その他、各企業やお店にデザイン提供、共同でコラボレーション商品を制作。
村田 あやこ
記事を書いた人
村田 あやこ / Murata Ayako
ライター
お散歩や路上園芸などのテーマを中心に、インタビュー記事やコラムを執筆。著書に『た のしい路上園芸観察』(グラフィック社)、『はみだす緑 黄昏の路上園芸』(雷鳥社)。「散歩の達人」等で連載中。お散歩ユニットSABOTENSとしても活動。
細野 由季恵
撮影・編集した人
細野 由季恵 / Hosono Yukie
WEB編集者、ディレクター
札幌出身、東京在住。フリーランスのWEBエディター/ディレクター。エントリエでは 副編集長としてWEBマガジンをお手伝い中。好きなものは鴨せいろ。「おいどん」という猫を飼っている。

第68回目のゲストは、作家・totoganashi(近藤 百恵)さんです。

日々の暮らしで出会ったものやイメージをモチーフにイラストを描き、テキスタイルやペーパーアイテムの制作・販売もおこなう、近藤さん。

前回のインタビューから4年経った今回のインタビューでは、作家を志したきっかけや、現在の制作に至るまでの経緯、作品をつくる上で大切にしていることなどについて、改めてお話を伺いました。

レールから外れてはいけないという恐怖心

(写真提供 近藤さん)「Season with Birds」(2023)

──作家を目指したきっかけを伺えますか?

近藤さん:小さい頃から絵を描くのが大好きで、一日も欠かさず、暇な時間はずっと絵を描いているような子どもでした。高校生の頃、偶然、図書室で作家 RARI YOSHIO(ラリ・ヨシオ)さんの『FLOWER BOOK』(2015、 六耀社)という、一冊の本に出会ったんです。暮らしの中に植物をさりげなく取り入れる方法が紹介されていて、「花ってこんなに素敵な存在なんだ」と衝撃を受けました。そこから、植物をモチーフにした絵を描くようになったんです。思い返すと、この本との出会いが、いまの作品にもつながっていると思います。

──高校卒業後は、美術大学に進学されたと伺いました。

近藤さん:はい。大学ではグラフィックデザインを学び、卒業制作は、着物の柄を分類した辞典をつくりました。もともと着物の柄がすごく好きで、季節やお祝い、厄除けなど、一つひとつの柄に意味があるのもおもしろいなと思っていたんです。

卒業後は、着物を制作・販売している会社に就職しました。最初の仕事はショップの販売員。いずれは着物のデザインの仕事に就きたいと思っていた反面、販売員の仕事がまったく向いていなかったんです。毎月高額なノルマが課せられていることも相まって、気持ちがすっかり病んでしまいました。

それに当時は、「会社で勤め上げ、家庭を持ち、子どもを産んで、家を建てて」といった、見えないルールや価値観に縛られていて。時折、先が見えてしまっていることがすごく窮屈にも思えたんですが、そのレールから外れたらアウトみたいな恐怖心もありました。

でも、レールから外れなくても外れても、今が死にそうにつらいんだったら、いっそレールから外れてしまおうと、7ヶ月で会社を退職することにしたんです。

──見えないレールを感じながらも、心と体がついていかなくなったんですね。

近藤さん:その後は、人生観ががらっと変わりました。「これきれい」「これ好き」といった純粋な気持ちや神さまのような目に見えない存在など、小さい頃から心の中に持っていた大切な感覚に、蓋をしていた自分がいたことに気づいたんです。そういった信じたい感覚を、一つひとつ取り戻していきました。

──当時、絵は続けていたんでしょうか?

近藤さん:自分らしさに蓋をしていた当時は、なにも浮かんでこなかったんですが、それでも少しずつ絵を描いてはいました。そんなときに、絵を見たある知人から「自分を演じているようなつまらない絵を生み出すくらいだったら、絵描きを辞めろ」と一喝されたんです。

このまま自分を偽った状態で絵を生み続けていくことに、誰にも気づかれないままなんだろうな、という諦めに近い気持ちもあったので、怒る気持ちはまったく湧いてきませんでした。それよりも、「ようやくわかってくれる人がいた。これでもう辞められる」と、すごくホッとしたんです。

ただ、「じゃあ、演じていない私ってなんだっけ?」とふと考えたら、なにも湧いてこなくて。そこから1年間、なにも思い付かないし、描けない状態になってしまいました。

ターニングポイントで背中を押してくれた、大切な人たち

──そこからは、どうやって絵を描く活動を再開させていったんでしょうか。

近藤さん:夜遅いのが苦手だったので、早い時間に終わる仕事を探し、パン屋さんで働くことに。そこで生活費を稼ぎながら、自分が形にしたいと思ったものを小さな絵にする、ということを少しずつ再開していきました。自分を偽りながら描くのはもう辞めようと思って、最初は外に発信することなく、自分のために絵を描き続ける、自分の中から出てきたものを形にする、ということにひたすら集中しました。

この頃、久しぶりに本棚でRARI YOSHIOさんの『FLOWER BOOK』を見つけて、「ああ、やっぱりこの世界観、大好きだな」と再認識して。そこから、この本にある世界観が、自分の核にもなっています。人生を変えた、重要な本ですね。

──高校生の頃に出会った本との再会だったんですね。

近藤さん:パン屋さんのお仕事も続け、何店舗か働いたんですが、最後にたどり着いたBoulangerie Yamashita(神奈川県二宮)さんは、とても素敵なご夫婦がやっているお店でした。私のことを家族みたいに考えて、制作活動も応援してくださいました。そのご夫婦自体がすごくセンスがよく、いつもたくさんの刺激をいただいて。

そのお店が食堂をつくったとき、「ももちゃん(近藤さん)、食堂スペースで個展をやってみなよ」と言っていただいて、初めての個展を開催したんです。そこから少しずつ「totoganashi」として、SNSなどでも作品を発表するようになっていきました。

(写真提供 近藤さん)パン屋での初個展風景

──「totoganashi」という屋号、とてもかわいらしい響きですよね。なにか由来があるんでしょうか。

近藤さん:奄美大島に「とうとぅがなし」という島言葉があるんです。一般的には「ありがとう」を意味する言葉なんですが、それ以外にも「大丈夫だよ」「みんなついているよ」という意味もあって、例えば島から外に人が出て行くときに、「とうとぅがなし」という言葉をかけたりもするそうです。

絵が描けなくなったときに、光を示してくれた奄美大島出身の知人が教えてくれた言葉です。また描けるようになったときの気持ちを忘れないようにしようと、「totoganashi」という屋号をつけました。

(写真提供 近藤さん)totoganashi のロゴデザイン

──前に進むために背中を押してくださる、いろいろな人とのご縁があって、どんどんと心が元気を取り戻していったんですね。

近藤さん:そうなんです。当初はパン屋さんの仕事を終えた後に制作活動をしていたんですが、徐々に四六時中つくっていたい気持ちが湧いてきて。それが仕事中にも漏れ始めてしまっていたのを、オーナーさんもお見通しでした。

仕事を辞めたら生活費はどうなるんだろうという不安もある中で、オーナーの奥さまが、「ももちゃんはここで一本に絞らないとだめだよ」と、厳しい言葉をかけてくれました。

──将来のことを親身に考えてくださったんでしょうね。

近藤さん:そうなんです。愛の鞭をいただいたことで、作家一本でやっていくぞと腹をくくれましたね。タイミングよく新しいスタッフも見つかったので、パン屋さんでのお仕事は卒業することにしました。卒業したいまも、一ヶ月に何度いっているんだろうというくらい、変わらずお付き合いがありますね。

頭の中に浮かぶ映像をそのまま絵にする

──作家として独立してからは、どうやって活動を広げてこられたんでしょうか。

近藤さん:その後、お腹に子どもがいることがわかって、息子を出産しました。妊娠中は体調が整わず、あまり制作ができなかったんですが、出産後に息子をおんぶして散歩しているとき、偶然雑貨屋さんを見つけて。お店でいろいろなお話をした後、お店の方が私のSNSを見てくださって、お店で作品を展示・販売しませんかと声をかけてくださいました。そこから、子育てしながらの制作活動がはじまりました。

──偶然の出会いから活動が広がったんですね。作家一本での活動になったことで、これまでと比べて気持ちや見えてくる世界に、どんな変化がありましたか?

近藤さん:とにかく毎日が楽しくて、最高ですね。人によっては毎日同じ職場にいく方が安心できる方もいますが、私は同じところに通い続けるよりも、自由に動ける方がしあわせです。

毎日いろんな出来事が起こるんですが、昔だったらただトラブルとしか思えなかったことが、今だと最初はトラブルだったとしても、最終的に全部自分の身になって、必然だと思えるようになりました。それが無意識に自分の表現にもつながっていって。

私は四六時中、絵を描いていたいし、ものをつくりたいので、仕事とプライベートがすべて一緒になったいまの状態は、一つも無駄なく循環している感じで、すごくいいなと思えます。

──心の中のものと、出会うものと、生み出すものとが一体化して、描いて生み出すことが人生の大きな喜びにつながっているんですね。いま近藤さんの作品では、植物をはじめ、風や音など、日々ふとした瞬間に触れるものが大切なモチーフになっています。作品は、どんなところからインスピレーションが湧いてくるんでしょうか。

近藤さん:景色や光など、出会った瞬間「形にしたい」と思う場合も多いですが、最近は、頭の中に浮かんだ映像を形にすることも多いですね。いままで見たものや感じたことが自分の中で混ざっている場合もありますが、いきなり映像だけが湧いてくるような場合も増えてきました。お風呂に入っているときに、突発的に頭の中に湧いてくることがあるので、「消えてしまわないように!」と服も着ずに慌ててボールペンで書き留めたりもします(笑)。

以前は自分を信じ切れず、頭の中に湧いた映像を作品としてアウトプットする前に、あれこれ考えてしまうこともありました。でも、最近では、そのままクリアに出すことでいいものができるので、自分を信じ切って大丈夫といった感覚になっています。

──最近は「絵のお花屋さん」という活動もされていますよね。

近藤さん:目の前の方に会ったとき思い浮かんだお花を描く企画です。花のイメージと一緒に浮かんだ言葉も、メッセージとして絵に添えてお渡ししています。

いつも前日は、果たして描けるかどうか緊張してしまうんですが、当日を迎えると、不思議と手が勝手に動いて、自然とイメージとして浮かんできた形を描いています。それまで自分では描いたことのないお花が出てくるのが、すごく楽しいですね。

(写真提供 近藤さん)totoganashiの「絵のお花屋さん」では、対面で出会ったお客さまのイメージからインスピレーションを受け、その場で描き、お渡ししているそう。

──いろいろなインスピレーションが湧いてくるには、心の余白や、種が育つ土のような部分をつくることも大事なのかな、と思います。いいものを生み出す下地をつくっていく上で、ご自身の中で大切にしていることはありますか?

近藤さん:体に負担のないものを食べて、ちゃんとお風呂に入って早寝早起きする、といった生活習慣のリズムを整えることで、気持ちをポジティブでいい状態に保てています。生活を正すと、それが習慣化することで、無理なく心を平穏に保つ装置が整うんだと思います。

また最近は、何者でもない私の時間を持つことの大切さも感じています。結婚して息子が生まれてから、妻や母としての割合がすごく増えたんです。絵を描いているときは、そうした役割から離れた私を保てる時間だと思ってきましたが、今年から急に子育てと制作でスケジュールに余裕がなくなってしまって。

絵の制作からも離れた「生まれたままの私」の時間をつくらないと不安定なことに気づきました。最近は、空いた時間に音楽演奏会にいったり、好きなものを食べたり、好きな人に会いにいく時間も大切にしていますね。

──これからtotoganashiさんとして広げていきたい活動はありますか?

近藤さん:ここ数年、つくりたいものをひたすらつくってきたんですが、もう一度目いっぱい絵を描きたいという気持ちが湧いています。壁画や窓絵のような、大きな作品をつくってみたいです。その絵に出会った人が、「わあ」っと気持ちが明るくなれる絵や空間をつくれたらいいですね。

絵のアイデアは、考えるよりも先に映像として頭に湧いてくるという近藤さん。頭の中で映像として受け取ったイメージをメモに描き写している瞬間が、最高に楽しいそうです。

イベントのお知らせ/2024年10月5日(土)entrie(恵比寿)にて、絵のお花屋さんを開催

記事中でもお話しをいただいた、「絵のお花屋さん」をエントリエ(恵比寿)にて開催が決定しました。イベント詳細は、2024年夏頃にエントリエのHPやInstagramにてお知らせいたします。

イベント概要

  • 【日付】2024年10月5日(土)
  • 【時間】詳細が決まり次第発表
  • 【参加方法】詳細が決まり次第発表
  • 【場所】entrie times ebisu
  • 【住所】〒150-0022 東京都渋谷区恵比寿南1-11-12 The HONDA ARMS 101
    山手線/恵比寿駅 徒歩3分
    東京メトロ日比谷線/恵比寿駅 徒歩2分
    東急東横線/代官山駅 徒歩8分
    ※駐車場のご用意はありません。