Tokyo Birthdays
リクツで説明するのはむずかしい、
けれど「至福」を感じる場所と時間がある。
私たちを芯からぐっと強く、
時に優しく包み込み、引きとめてくれる風景。
東京で日々生まれるエントリエ的な一瞬を
言葉と写真でお届けします。
#21 まちを耕す
もんじゃ焼きで知られる月島。そのすぐ隣に佃というまちがある。
昔は漁師町で、「佃煮」の「佃」はこのまちの名前から来ている。その名の通り、住吉神社の近くには古くから続く佃煮屋さんがいくつか残っている。
佃は場所によって、築70年レベルの古い家屋が残っている。
密集した家屋の前の路地では、あちこちが植木鉢でつくり出された緑であふれており、鉢を囲んで成長具合についてあれこれ話す方や、ただその辺に座ってのんびりくつろいでいる方がちらほら。
なんだかタイムスリップしたような気にすらなる風景だ。
しかし、そんなレトロな雰囲気の路地の向こうを見渡すと、高層建築がちらついている。
近代的光景と昔ながらの路地の風景が同じ視界の中に混在する。至るところで再開発がおこなわれる佃ならではの、独特な風景だ。
そんな佃に、ちょっと不思議な空間がある。
2メートルくらいずつに区切られた川の護岸の、その区画の中ひとつひとつに、ぎっしりと植木鉢が並んでいるのだ。
区画によって、盆栽仕立ての植物が中心だったり、植物の生命力にゆだね森のようになっていたり、花畑のように色とりどりの花が咲いていたりと、雰囲気がかなり異なり、それが200メートルくらい連なっている。
ふと見上げると向こうの方には巨大なビル群が霞んでいる。
最初にここに来たときは、あまりの迫力と異様な雰囲気に圧倒されてしまった。
手入れに出ていらした方にお話を伺ってみたところ、ここはかつて不法投棄が問題になっており、かなり荒れた雰囲気だったそう。そこで住人の方々が区と交渉して登録制の園芸スペースになったそうだ。区画ごとに登録が必要となるが、管理は利用者にまかされているとのこと。
護岸への不法投棄。
それを防ぐための方法として、注意書きをべたべた貼るでもなく、立ち入り禁止の柵を設けるでもなく、土木と園芸という一見対照的なものをうまく融合させ、住人の自発的な園芸活動で解決を図ったといういきさつは、ちょっとすごいことだ。
お話を伺った女性は、かれこれ30年くらい前からここで園芸を楽しんでいるとか。
「ここにきて花の手入れをしていると、無心になれる」としみじみおっしゃっていたのが印象的だった。
すぐ近くでは、立派なソメイヨシノが豊かな緑陰をつくりだしていた。
ソメイヨシノのすぐ脇にあるお宅の前も植木鉢であふれており、なんだか森の中にいるような気分。
住人の女性がいらしたのでお話してみたところ、このソメイヨシノは、なんと数十年前に結婚記念として植木鉢の状態で入手したものがここまで育ったとのこと。今では区の樹木として登録されたそうだ。
このお宅の周辺でもあちこちで、もとは住人の方が植木鉢で置いたという木が立派に育っていた。
地図で見ると、このあたりは東京駅や銀座駅にタクシーで10分程度でアクセスできる場所。
巨大都市の裾野にエアポケット的に存在する、秘密の花園のような空間。土木の隙間を縫うように、周囲の風景を思い思いにカスタマイズしながら、脈々と紡がれる土着的生活。
同じ視界の中に、さまざまな時代の営みが織りなす光景はなんだか愉快だ。
東京というまちの風景の奥行きを感じる。
Ιスポットデータ
東京都中央区・月島周辺
■プロフィール■
文、写真 / 村田あやこ
福岡出身。路上で威勢よく生きる植物に魅せられ「路上園芸学会」名義にて、その魅力を発信。