Tokyo Birthdays  

リクツで説明するのはむずかしい、
けれど「至福」を感じる場所と時間がある

私たちを芯からぐっと強く、
時に優しく包み込み、引きとめてくれる風景。

東京で日々生まれるエントリエ的な一瞬を
言葉と写真でお届けします。

#10 ニコライ堂

一時期、目を悪くして病院に通っていたことがある。

都内のいくつかの眼科で診察してもらっても、
どこも原因がわからないと言われ、
最後に紹介されたのが
御茶ノ水にある眼科だった。

およそ眼科専門とは思えないほど、大きくて立派な病院に驚いた。

 

 

結局ここでも原因は不明と言われたが、
緩和する方法はあるとのことで定期的に通うことになった。

母親に会った時に、御茶ノ水の眼科に通院していると言ったら、
「おじいさんが入院してたとこだ」と言われ
ハッとした。

隣にある教会に何か見覚えがあると思ったら、
じいさんの病室から見ていたあの教会だったからだ。

じいさんは目が悪かったから「遺伝であんたも悪くなったのかな」と、
とても心配そうな顔をしていたけど、
行きついた場所がじいさんと同じだった事に何かうれしさを感じた。

その教会はニコライ堂とよばれていて、
なかなか由緒ある建物だ。最初は窓越しのこの教会と、
お見舞いの帰りに母親に買ってもらった
変なエスニックデザインのTシャツの事だけ思い出した。

小学校に着ていったら、
バカにされ笑われたので、お出かけ専用になった。

何度か通っていると、だんだんと当時のことを思い出してきた。
ほとんど目が見えなくなっていたじいさんが、
やさしく自分の名前を呼んでベッドに座らせてくれたこと。
ばぁさんの文句を言って好物の落花生をたべていた事。

思い出の教会に引き出してもらった古い記憶は、
バカにされたTシャツと優くて目が見えなくなったじいさんとの
会話だった。

Ιスポットデータ
ニコライ堂(JR 御茶ノ水駅 聖橋口より徒歩2分)

■プロフィール■
文、写真 / Kosaku Nango
1979年生まれ、東京出身。現在、会社員として働くかたわらで、写真家としても活動中。