Tokyo Birthdays  

リクツで説明するのはむずかしい、
けれど「至福」を感じる場所と時間がある

私たちを芯からぐっと強く、
時に優しく包み込み、引きとめてくれる風景。

東京で日々生まれるエントリエ的な一瞬を
言葉と写真でお届けします。

#16 天邪鬼と春

春は、どうしてこんなにも騒々しいんだろう。桜の木なんて、1年間もだんまりとしていたくせに、ここぞとばかりに「ほら、見てよ」って、なんて主張が激しいやつだ……

いつも使っていた駐輪場は満車で入れない。電車には、新品の制服を着た学生や新品のスーツに身を包んだ新入社員と思しき人たちが加わって混雑。ラジオのテーマはみんな「新生活」。暑いんだか寒いんだかよくわからない。

春は、やっぱり騒々しい。


息子が生まれてから、ずっとこのまちで暮らしている。1歳で保育園入園が決まり、送迎のために買ったふたり乗り電動自転車。(「あー、主婦っぽいな、いやだな」なんて思ってた)

後部座席に乗せた息子の小さな気配を感じながら、保育園の送り迎えをはじめた。自転車に乗りながら感じたあたたかい風に混じって、散りはじめの桜の花びらが舞った。葉と葉の間から差し込む太陽の光がキラキラしている。息子がキャッキャと笑っている。(「なんだこれ、グッとくるじゃん……」なんて思ってた)

そんな春を何回か繰り返した。季節をこんなに意識したのは、息子が生まれてからかもしれない。


もうすぐ7歳になる息子は、もう後部座席には乗れない。約6年の間、息子を乗せて走った自転車の後輪は磨り減って溝がなくなった。タイヤ、変えに行かなきゃ。息子と手を繋いで入学したての小学校に向かう。息子は、新生活に慣れなくて泣いている。行きたくないって言っている。

(ワタシは、ああ、めんどくさい……って思ってる)

あ、今年も桜が散ってきた。春だなぁ。

Ιスポットデータ
東京都八王子市周辺

■プロフィール■
文、写真 / 細野 由季恵
札幌出身、八王子市在住の編集者。蕎麦とカレーと牛乳が好き。