Tokyo Birthdays  

リクツで説明するのはむずかしい、
けれど「至福」を感じる場所と時間がある

私たちを芯からぐっと強く、
時に優しく包み込み、引きとめてくれる風景。

東京で日々生まれるエントリエ的な一瞬を
言葉と写真でお届けします。

#17 商店街のミニ植物園

2年ほど前まで、下北沢に住んでいた。
書店、雑貨屋、服屋、飲み屋、ライブハウス、劇場、カフェなど、佇まいそのものが歴史や人の軌跡を物語り、独自の空気感を醸し出す空間。駅前には路上ライブや漫画の朗読を行うパフォーマーたち。

まちの隅々にさまざまな濃度で蓄積されただれかの活動履歴が、まち全体の特異な雰囲気をつくりだしており、地方出身の私にとってはカルチャーショックの連続だった。一方で、老若男女、出身地も国籍も職業もバラバラな人たちが集まり、昼夜を問わず思い思いに暮らしているまちの様子は、自分も受け入れられているような気がして、不思議と居心地の良さを感じた。


住んでいたのは駅からちょっと離れた住宅街。駅前の賑やかさからは想像がつかないほど、静かで庶民的な雰囲気の商店街があり、あちこちに植木鉢の小さな花畑があった。

商店街のはずれに、小さな酒屋さんがあった。

店主のおじちゃんは、そのへんから摘んできた野草を増やし、形良く盆栽風に仕立てるグリーンフィンガーの持ち主だった。

お店の窓辺は、陶器の鉢に品良く植えられた植物で、いつもみずみずしく彩られていた。植物を園芸店で買うことはほとんどなく、閉店するお店から救出してきたり、そのへんで生えているやつを株分けで増やしたりしているそうだ。

あるとき、窓辺の植木鉢の根元に、半分に切られた芋が置かれ、そこから夏の間じゅう葉っぱが伸びに伸び、店が葉っぱだらけになっていたこともあった。後から聞いたところ、芋の収穫を狙っていたそうだ。

威勢の良い伸び具合に驚くのと嬉しいのとで、おじちゃんが店にいるのを確認するたびに、「すごいですね~」とにやにやしながら話しかけた。窓越しに目が合って、おじちゃんが「すごいでしょ」とアイコンタクトを送ってくれたこともあった。

名前も知らないまちの誰かと、こんなに積極的に交流したのは初めてだった。


おじちゃんはご近所の軒先の植木鉢の面倒も見ていて、「花が咲かないんです」と相談を受けたご近所さんの植物の様子を見るため、水の入ったペットボトルを片手に店外に出て行く姿も見かけた。

かくいう私も「植物をうまく育てられなくて」と相談したところ、「これならきっと大丈夫」と、アイビーとサボテンをおすそ分けしてもらった。アイビーはあっさり枯らしてしまったが、サボテンは今も我が家の玄関先で、辛うじて生き延びている。

普段から、いろんなまちの園芸風景を見て歩く癖があるが、民家やお店の軒先で、味のある園芸風景が楽しめる場所は、きっと住みやすいはずという個人的ジンクスがある。家主が生活を慈しみ、周りの環境に対しても安心感や愛着を持っている証に思えるからだ。

その風景の背後には、きっとおじちゃんのように、楽しく朗らかに暮らす人たちがいるはずだ。

Ιスポットデータ
東京都世田谷区・下北沢駅周辺

■プロフィール■
文、写真 / 村田あやこ
福岡出身。路上で威勢よく生きる植物に魅せられ「路上園芸学会」名義にて、その魅力を発信。

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