第55回目のゲストは、紙装飾加工で作品をつくる紙束 こいずみしょうさん、ゆいさんです。手製本の会社で職人として長年培った技術、そして製本時に生まれる端材を活かしながら紙装飾加工で作品をつくる「紙束」のこいずみさん。紙の束でつくられたオブジェの造形は、驚きであふれ、その美しさは手に取る人々を魅了します。今回は公私共にパートナーである、ゆいさんと一緒にお話をしてくださいました。

こいずみ しょう

1989年東京生まれ。阿佐ヶ谷美術専門学校卒業後、手製本を得意とする製本会社 美篶堂(みすずどう)に入社。勤続12年目、工場長も勤めた。2019年より「紙束」の活動を開始。現在は、長野県伊那市で妻であるゆいさん、そして3人の子どもと暮らしながら自宅の一部にある工房を拠点に全国で活躍している。

――作業場のカラフルな作品たちに見とれてしまいます。

しょうさん:作品に使われているのは、本にならなかった紙たちです。以前から、製本の断裁作業で生まれる端材の重なりをきれいだな、と思っていました。製本のワークショップでイベントに出店したとき、ブースの装飾のために「(端材の)紙を束ねて、飾ってみたら?」と妻が提案してくれたのが始まりです。

――端材がこんなに美しく生まれ変わるんですね。

しょうさん:製本だけではなく何かをつくり出すときには、必ずゴミが出てしまいます。端材の使い道は緩衝材くらいしかなかったのですが、新たな役割を持たせ、うまく循環したらいいな、と思っていました。

ぼく自身、暮らしの中でも、実用的なものより心地よさを感じられるものを大切にしたいと思っていて。一見、用途がないものを愛でて、育てていく過程で新たな価値が生まれていくっていいなと。そういう自分の中にあった要素と、妻の客観的な視点がうまく結びついたのが「紙束」の活動です。

あるとき、お世話になっている額装屋さんに試作品を持っていったら「これ、アートになるんじゃない?」と言われて、そこからより多くの人に見てもらえる機会を増やしていきました。

マネしない、競わない。自由な発想で生まれる表現

――紙の束がアートになるんだ! という驚きもあります。

しょうさん:大量の紙の束って、普通はあまり目にしませんよね(笑)。製本の仕事では、紙束が本に変化するのを身近でたくさん見てきました。いろんな加工も知っています。

だから、こういう表現はできるかな? 違う加工をするとどうなるかな? と、いろんな角度から試していくんです。自分でつくらない限り見えない形を発見したり、偶然を狙っていたりする感じもあって。ゾクゾクしながら制作しています。

――製本の仕事と、紙束としての仕事のスタンスに違いは?

しょうさん:10年以上携わってきた手製本の仕事は、発注者の方から求められたことをしっかり形にするという職人の仕事。紙束としての活動は、自由に発想するということ。ルールはあるけれど、まずは自ら形にすることから始まる。どちらにも共通しているのは「きれいに形つくる」ということですね。

――「束」であることが大切なんですね。

しょうさん:同じ紙の表現でも、折り紙やペーパークイリング(紙を丸めたパーツで花などを造形する)など他の表現技法には、僕はあまり関心がないんです(笑)。

何かの形に近づけることより、紙束から何が生まれるのか、発想することの方に興味ある。

昔から、競ったり真似したりということは得意じゃないので、自分のルールで作品を生み出せる今のスタイルはやりやすいですね。 子どもがクシャッといたずらしてしまったものが、吊り下げるタイプのモビールになったり、額装して壁に掛けてみたり、表現の幅は広がっています。

学生時代から育んできた、補い合う関係

――今では3人のお子さんもいらっしゃるおふたりは、美術専門学校時代からの付き合いなんですよね

しょうさん:ぼくは専門学校でも製本を学んでいました。

ゆいさん:わたしは現代アートを学んでいましたが、卒業後はずっと違う仕事をしていました。

しょうさん:あたらしい作品をつくるとき、見せ方などは妻に相談しています。反応が悪いこともあるけれど、身近な人だから正直な意見が聞けるのはいいですね。

それから、アクセサリーのアイデアは妻のものです。

ゆいさん:こういうのがあったらいいな、とデザインを提案したり、アロマを垂らして使うというアイデアを出したり。つくるのは全て夫です。紙は軽いので、アクセサリーにぴったりなんです。

しょうさん:自分は実用性を考えるのが得意じゃないので(笑)、妻のアイデアのおかげですね。

――Instagramで発信している世界観も魅力的ですね。

しょうさん:活動を始めたのは2019年の秋ごろですが、すぐにコロナ禍になってしまい、イベント出店ができなくなってしまいました。子どもたちがまだ小さいこともあって家からあまり出られないこともあり、SNSで発信し始めたら少しずつ反響があって。SNSって自分の興味を「一方的に」発信するものだと思っていたので、「興味持ってくれる人がいるんだ!」という驚きと救いがありました。

それと、ものづくりや暮らしについて、そのとき、自分がどう思っているのか記録するものでもあります。僕は飽き性だし、忘れっぽいので(笑)。

――自分自身の思いを記録してみて気づいたことは?

しょうさん:自分はわがままだと思います(笑)。でも、紙束として活動していく中で自分を抑えなくてもいいのかな、と思うようになりました。自分を出すことは、ときに迷惑をかけてしまうこともある。けれど、その人の良さまで抑え込むのはもったいないなと思う。

 ゆいさん:でも、本当に言うことを聞かない人ですよ(笑)。

しょうさん:(苦笑)。家族だから言えることがあるし、違う考えを持っていても、否定ではなく、お互いが「そう思っているんですね」ということを共有できる安心感はあります。

――SNSを通して活動の変化はありましたか?

しょうさん:全国からいろんな方が見てくださっていて、印刷や紙、本に関わる会社さんなどから声をかけていただき、コラボ作品や商品も生まれました。ドライフラワーを差し込める花器をつくったり、紙で椅子をつくったり。

紙束だからできることや、「めくる」とか「さしこむ」という本の元々の姿を生かしたものがつくれてうれしいです。

人との出会いがつくりだす、新たな形を求めて

――働き方も変化しているそうですね。

しょうさん:工場長も務めていた製本会社と相談して、今は勤め先の仕事を抑えて、自宅にある工房で紙束としての活動に力を入れています。そういう働き方を認めてくれた会社には感謝していて。

そうすると、仕事と暮らしがまざりあうようになって、家族と今まで以上にたくさんのものを共感、共有するようになりました。とても自然で、無理がないな、と感じています。

 ――どんな違いを感じていますか?

しょうさん:それまでは、週5日、会社勤めするのが当たり前だったけど、そうじゃなくなった。正解だと思っていた「こうじゃなきゃいけない」とか、「みんなこうでしょう」というのが、今の自分が出来ることを考えて相談することで、違う関わり方が見えてきたんです。

――制作にも生きてきそうですね。今後、どんな活動をしたいですか?

しょうさん:最近、海外からも反応があって、住んでいる場所や文化の違いで見方が変わるのがおもしろいなあと思っています。それから、この活動が長野での暮らしともっと結びついて、いろんな人に出会えたらいいな。紙に触れる機会を親子で楽しんでもらえるような、親子のワークショップも行いたいです。

ゆいさん:和装との相性が良いので、髪飾りや帯留めなどでも新しい表現ができたらいいですね。

長野県箕輪町の着付師 Mami Styleさんとコラボレーションした『slow dance(2021年10月22日 初版)』。製本を担当。

――紙束として、これからどんな人に出会いたいですか?

しょうさん:さまざまな分野の人たちですね。装飾、ファッション。違う業界から、ぼくたちの活動に興味を持ってくれた人たちと一緒に何かをつくることで、きっと知らない世界に出会える。

ゆいさん:建築の分野もいいですね。壁紙になったり、可能性がありそう。

しょうさん:元々、本にならずゴミ箱へ行くはずの端材です。それが植物に見えたり、木の幹にみえたり……おもしろいですよね。今後は、本にならなかった紙で、あえて読書灯をつくるということも計画しています。

これから展開を思案中だという、『紙束ランプシェード』(写真提供:こいずみさん)
写真提供:こいずみさん

「子どもと一緒にいる時間」食べているだけでもその姿を見ていると自然と「こんなに大きくなって」と思ってしまって、興味があることに夢中になってる姿を見ていると、こちらも嬉しくなってしまいます。

イベントのお知らせ 2022年8月24〜29日 「つづくつなぐマーケット」@日本橋高島屋(東京都中央区)

長野に拠点を持つ紙束さんの作品を東京都内で手に取ることのできる機会です。ぜひ、足を運んでみてください!

イベント名:つづくつなぐマーケット
会期:2022年8月24日(水)~29日(月)
会場:日本橋高島屋(東京都中央区日本橋2-4-1)
出店名:美篶堂+紙束
詳細はこちら▷https://www.instagram.com/tsuzuku_market/

●インタビュー・文 / 細川 敦子
●編集・撮影 / 細野 由季恵