大木健太郎
ゲスト
大木健太郎
株式会社ぷらすわん代表取締役
千葉県佐倉市出身。旅客機の操縦士・機長として国内外の路線に乗務した後、2023年 に起業。現在は大網白里市の白里地区を拠点に、Rusty Nest BreweryやRusty Cafe & Bar、RVパーク、民泊などを運営し、地域資源を生かしたまちづくりに取り組んでいる。
富士そばライター名嘉山
インタビューした人
富士そばライター名嘉山
フリーライター
編集プロダクション勤務を経て、2013年にフリーライターとして独立。2014年か ら「富士そばライター」の道を志し、個人サイト「富士そば原理主義」にて実食記録を綴る。2016年、2021年に富士そば全店制覇を達成。
細野 鴨
編集・撮影
細野 鴨 / Hosono Kamo
WEB編集者、ディレクター
札幌出身、東京在住。フリーランスのWEBエディター/ディレクター。エントリエでは 副編集長としてWEBマガジンをお手伝い中。好きなものは鴨せいろ。「おいどん」という猫を飼っている。

都心からクルマでおよそ90分。千葉県大網白里市を東に進むと、白里海岸の美しい砂浜が見えてきます。九十九里浜の中央部に位置しており、夏になると多くの観光客でにぎわいます。
2025年7月、海水浴場のほど近くにクラフトビール醸造所「Rusty Nest Brewery」がオープンしました。オーナーの大木健太郎さんは、元パイロットという異色の経歴の持ち主。今では株式会社ぷらすわんの代表として、醸造所やカフェをはじめ、白里で複数の事業を展開していますが、その道のりは、決して平坦ではなかったといいます。それでも困難を乗り越え、挑戦し続けてこれた背景にある原動力を伺いました。

約27年のパイロット人生に区切りをつけるまで

「Rusty Nest Brewery」オーナー 大木健太郎さん

──前職は旅客機のパイロットだったそうですね。

大木さん:はい、1998年に航空会社に入社後、「自社養成パイロット」という枠組みで基礎から操縦を学びました。その後、2003年から操縦士として経験を積み、機長に就任。それが2014年のことです。

航空業界に飛びこんだわけですが、飛行機とは幼少期から縁がありました。父方の実家が成田空港に近かったので、遊びに行くたびに飛行機を眺めるのが習慣になっていて。小学生時代の卒業文集にも「パイロットになりたい」と書いていましたし、2人の妹も客室乗務員の仕事に就いていました。

──パイロットは幼少期からの憧れだったんですね。どのような理由で仕事を離れることになったんですか? 

大木さん:国際線の乗務を長く続けるなかで、生活リズムや体調面への負担を感じるようになり、これからの働き方について考える時間が増えていきました。しかも世間はコロナ禍の真っただ中。減便が続いてしまい、モチベーションの維持も難しくなっていました。

もともと2019年から東京と白里で2拠点生活を始めていたのですが、現場を離れてからは白里で過ごす時間が増えて。自然豊かな環境で心身を整えながら、これからの働き方を考えるようになったんです。

(画像提供:大木さん)パイロット時代の大木さん
(画像提供:大木さん)パイロット時代の大木さん

──仕事について将来の不安や焦りはありませんでしたか?

大木さん:もちろんありました。幼い頃から憧れ、長い時間をかけて築いてきた仕事ですから、簡単に手放せるものではなくて。会社には一から育ててもらった恩がありますし、機長として乗務を続けるために、訓練や審査を重ねてきたことにも強い思い入れがありました。

一方で、現場を離れている間に、「自分にとってこれからどのような働き方が、望ましいのか」を考えるようになっていたんです。周囲がそれぞれのキャリアを歩んでいくなかで、以前と同じ道に戻ることだけが正解なのか、何度も自問しました。

最終的には、体調や今後の人生も含めて考え、退職を決断しました。1998年の入社から約27年。長く続けてきたパイロットとしてのキャリアに区切りをつけることに寂しさも残しつつ、新しい一歩を踏み出すための決断でもありました。

白里に拠点を構え、第二の人生がスタート

──九十九里浜周辺には旭市や九十九里町などの市町村が広がっています。そんななかで、白里に拠点を置いた理由を教えてください。

大木さん:私はもともと千葉県佐倉市の出身ですが、とくに白里に地縁があったわけではありません。ただ、フライトコースの都合で、日頃から九十九里浜の上空を通過していたんです。キャプテンシートから眺める白里海岸は息をのむような美しさで、いつも見惚れていました。

実際に訪れてみると、まちの魅力をすぐに実感しました。空気が澄んでいて、食べ物もおいしい。日の出とともに一日がはじまり、夜には満天の星空が広がります。そんな非日常の環境が、東京からクルマで90分程度の場所にあるなんて。白里なら無理なく2拠点生活が続けられると考えました。

白里海岸の風景
大木さんがキャプテンシートから見ていた白里海岸は、現在拠点から歩いてすぐの場所に。

──そこから拠点を築いていったわけですね。

大木さん:はい、白里の初訪問からほどなくして、2019年に土地付きの民家を購入しました。現在は月の半分を白里で過ごし、残りの期間は民泊用物件として貸し出しています。

新しい土地に拠点を持つことは大きな決断でしたが、妻も私も、これからの人生や暮らし方を考える時期に差しかかっていました。仕事や家庭の状況を含めて考えると、新しいことに挑戦するなら今しかない、という思いがあったんです。

もちろん、当時は白里でここまで事業が広がるとは想像していませんでした。振り返れば思い切った決断でしたが、あの時に一歩を踏み出したことが、現在のRusty Nestにつながっています。

──新しい決断から、どのように現在の仕事を形にしていったのでしょうか。

大木さん:せっかく新しい土地で暮らし始めるのであれば、これまでの延長ではなく、自分が本当にやりたいと思える仕事に挑戦したいと考えていました。

起業を具体的に考えるきっかけをくれたのが、高校時代からの友人です。友人に背中を押してもらい、2023年に株式会社ぷらすわんを設立しました。

ただ、当時の私は事業経営について十分な知識や経験があったわけではありません。白里で開催されていた創業塾に通い、事業計画の立て方や資金調達、経営の基本を一つひとつ学びながら、少しずつ事業の形をつくっていきました。

当初とは事業の進め方も変わり、最終的には私が中心となって経営を担うことになったんです。分からないことばかりでしたが、地域の方々や周囲の人たちに支えていただきながら、ここまで進めてくることができました。

──当初から、現在のような事業の形を思い描いていたのでしょうか。

大木さん:最初からすべてを一人で計画し、順調に進めてきたわけではありません。実際には予期せぬ出来事の連続で、その都度、目の前の課題に向き合いながら、事業の形をつくってきました。

たとえば「Rusty Nest Brewery」のはす向かいにある「Rusty Cafe & Bar」も、当初から計画していた事業ではありません。もともとは家具店が入っており、私は建物のオーナーとして貸し出していましたが、2024年に退去されることになりました。

そこで、空いた建物をそのままにするのではなく、地域の方や白里を訪れた方が集まれる場所として生かせないかと考え、リニューアルしてカフェ&バーをオープンしました。現在では、Rusty Nestのクラフトビールや料理を楽しんでいただける直営店舗として、地域と醸造所をつなぐ大切な拠点になっています。

家具店だった建物をリニューアルした「Rusty Cafe & Bar」(千葉県大網白里市南今泉4881-125)。

フライト後のクラフトビールに魅せられて

──「Rusty Nest Brewery」を開業した経緯を教えてください。

大木さん:きっかけは、かつて水産加工場として使われていた建物との出会いでした。地域の産業を支えてきた歴史のある場所でしたが、長い間使われておらず、今後どのように活用していくかが課題になっていて。

県道沿いにあり、白里海岸にも近いこの建物を、ただ壊してしまうのは惜しい。その雰囲気や歴史を残しながら、地域の新しい魅力につながる場所として再生できないかと考えました。建築士に状態を確認してもらったところ、柱や梁などの主要な構造部分は活用できることが分かったんです。

次に考えたのは、地域に人を呼び込むにはどのような事業がよいのかということ。その中で思い浮かんだのが、旅先や観光地で、人が集まり、乾杯する光景でした。私自身、国内外のさまざまな土地を訪れ、その土地ならではのお酒を囲んで人がつながる場面を数多く見てきたからです。

白里にも、訪れた人や地域の人が自然に集まり、この土地で造られたビールを手に乾杯できる場所をつくりたい。そう考える中で、クラフトビールの醸造所という構想が形になっていきました。

「Rusty Nest Brewery」(千葉県大網白里市南今泉4881-8)。「Rusty Cafe & Bar」から歩いてすぐの場所にある、シンボル的存在。

──なぜ、クラフトビールに着目したのでしょうか?

大木さん:地域で人が集まり、乾杯できる場所をつくりたいと考えたとき、真っ先に思い浮かんだのがクラフトビールでした。私自身、パイロット時代から海外各地のクラフトビールに親しんできましたが、なかでもIPAは特別な存在です。

機長に就任して初めてロサンゼルスへのフライトを担当したときのこと。気象条件が厳しく、乗務中は緊張の続くフライトでしたが、乗員が力を合わせて無事に到着することができました。その日の夜、仲間たちと乾杯したときに飲んだのが、カリフォルニアのIPAだったんです。

張り詰めていた気持ちがほどけていくなかで味わった、華やかな香りと力強い苦味。その感覚は、今でもよく覚えています。以来、海外へ行くたびに、その土地で造られているクラフトビールを味わうようになりました。

クラフトビールの魅力は、ただ味わうだけでなく、その土地の風土や文化、つくり手の思いまで感じられること。白里でも、そんな一杯をつくりたいと考えたんです。 

(画像提供:大木さん)Rusty Nest Breweryの定番商品「Rusty Nest IPA」。Rusty Cafe & Barでは、缶商品の販売のほか、樽生でも提供している。600円(税込)/270ml・グラス提供

──シグネチャーの「Rusty Nest IPA」を試飲しました。トロピカルな香りと、ガツンとくる苦味が印象に残っています。

大木さん:ありがとうございます。「Rusty Nest IPA」は、私がパイロット時代に親しんだカリフォルニアのIPAをイメージしてつくりました。海沿いの開放的な風景や空気感にどこか共通するものがあり、九十九里浜は“日本のカリフォルニア”と表現されることもあります。そこで、白里の海辺で飲んだときに心地よく感じられる、華やかな香りとしっかりとした苦味を持つIPAを目指しました。

ほかにも、もう少し軽やかに楽しみたい方に向けた「Rusty Nest Session IPA」や、すっきりとした飲み口の「Rusty Nest LAGER」など、好みや場面に合わせて選んでいただける商品も用意しています。

日本酒や焼酎と同じように、クラフトビールにも、その土地の風景や空気と一緒に味わう楽しさがあると思うんです。先日、パイロット時代の同僚を白里に招いたのですが、海の近くで飲むRusty Nestのビールをとても気に入ってくれて。うちのビールを楽しんでいるのを見て、「こういう時間をつくりたかったんだな」と感じました。

──つくり手のこだわりや、開発の背景を知れば、おいしさもひとしおです。

大木さん:それもまたクラフトビールの醍醐味で、愛好家の多くはストーリーを含めて味わっている。各地の醸造所を巡ることを楽しみにしている愛好家も多く、知れば知るほど心をつかまれるんです。大手メーカーの商品とはまた違う、つくり手との距離の近さや、土地ごとの個性を楽しめるのがクラフトビールの奥深さだと思います。

苦境が続いても、前に進み続けられた理由

──今でもクラフトビールを愛飲しているんですか?

大木さん:はい。気になる醸造所の商品を取り寄せたり、旅先でその地域のビールを探したりして、今でもさまざまなクラフトビールを飲み比べています。それほどお酒に強い方ではないのですが、香りや苦味、口当たりなど、ビールごとの違いを意識しながら味わうのが好きなんです。そうした経験も、Rusty Nestのビールの方向性を考えるうえで参考にしています。

開業当初、製造を委託していたのは「銚子ビール」さんです。商品開発や醸造について多くのご協力をいただき、スタッフも現地で醸造を学ばせてもらいました。そこで得た技術や経験を生かして、現在はRusty Nest Breweryで自社醸造を行っています。

醸造は、設備があればすぐにできるというものではありません。原料の選定から発酵管理、衛生管理、パッケージングまで、すべての工程が品質を左右します。私自身もクラフトビールへの理解を深めるために日本地ビール協会のビアジャッジ資格を取得し、醸造スタッフと意見を交わしながら、Rusty Nestらしい味を追求しています。

──「Rusty Nest Brewery」には、立派な醸造用タンクが並んでいますね。

大木さん:ここに至るまでには、想像していた以上に多くの課題がありました。醸造設備は、アメリカ・ポートランドのメーカー「PKW」が製造した中古品を導入しています。設備投資を現実的な範囲に抑えながら、本格的な醸造環境を整えるための選択でした。

ただ、海外から中古設備を導入するには、決して簡単なことではありません。輸送や輸入手続きに時間がかかり、国内に到着するまでの間にも保管費用が発生しました。開業時期の見通しが立たない期間が続き、不安は大きかったですね。

さらに、搬入後も設置や電気系統の調整が必要となり、実際に稼働できる状態にするまでには時間を要しました。海外製の中古設備ということもあり、国内で対応できる専門業者を探しながら、一つひとつ課題を解決していきました。

その結果、開業は当初の予定より約8か月遅れることに。延期している間は、追加の資金調達や事業計画の見直しも必要になり、決して順調とはいえない状況でした。それでも、関係者の力を借りながら準備を進め、ようやく醸造所を形にすることができたんです。

(画像提供:大木さん)「Rusty Nest Brewery」内にある醸造設備の様子

──聞いているだけで、胃が痛くなってきます。自分だったら心が折れていたかもしれません。

大木さん:自分が選んだ道だから、乗り越えることができました。どんな仕事にも当てはまることですが、やりがいを感じられなければ、長くは続けられないものですよね。働くうえでは収入や待遇ももちろん大切ですが、それと同じくらい、自分が納得できる仕事かどうかも重要だと思っています。

ビジネスですから、収益を出すことは大切です。けれども、根っこの部分には「自分が本当にやりたいことをやる」という思いがあるんです。その気持ちは、パイロット時代から変わっていません。

──起業する前のご自身に、今ならどんな言葉をかけますか?

大木さん:「大変なことも多いけれど、自分が納得できる道を選んでよかった」と伝えたいですね。以前は、仕事を離れた後はゆっくり暮らす生き方も考えていました。でも実際に一歩を踏み出してみると、新しいことを考え、仲間と形にしていく今の働き方が、自分には合っているのだと気づいて。

もちろん、すべてが順調だったわけではありません。それでも冷静さを失わずに挑戦を続けてこられたのは、妻の存在が大きいと思います。私が前のめりになりすぎたときには現実的な視点から意見をくれますし、迷っているときには本音で向き合ってくれる。挑戦を応援しながら、足元もしっかり見せてくれる、私にとってなくてはならない理解者です。

仲間とともに、白里の未来を醸す

──現在、大木さんが手がけていることについても教えてください。

大木さん:現在は、クラフトビールの醸造所とカフェ&バーを中心に、車中泊ができるRVパーク、コインランドリー、イベントスペースなどを運営しています。今後は、バーベキュー場やドッグランも整備していく予定です。

一見すると別々の事業ですが、私の中ではすべてつながっています。白里を訪れた方が、ビールを飲み、食事を楽しみ、泊まり、地域の人と交流する。そうした時間を一つの場所で過ごせる環境をつくることで、「Rusty Nest Oamishirasato」というプロジェクトを形にしていきたいと考えています。

国内外には、醸造所を中心に、飲食や宿泊、体験を組み合わせ、その土地に滞在する理由をつくっている事例があります。私もそうした取り組みから刺激を受けながら、白里だからこそできる形を考えています。

単に施設を増やすことが目的ではありません。白里には海や自然、食、人のつながりなど、まだ十分に知られていない魅力があります。それらを結びつけ、一年を通して人が訪れ、楽しみ、また戻ってきたくなる場所にしていきたいですね。

醸造所を中心に広がる「Rusty Nest」の全体構想を描いたマップ。ドッグランやBBQ場は現在準備中。

──壮大なプロジェクトですね。

大木さん:そうですね。気がつくと、いつも白里で何ができるかを考えています(笑)。白里には、海や自然、食、人のつながりなど、多くの魅力があります。一方で、夏以外の時期は人の流れが落ち着く傾向もあるため、一年を通して訪れる理由をつくっていきたいなと。

その取り組みの一つが、「飛び砂」を活用したアップサイクルプロジェクトです。白里海岸周辺では、風によって運ばれた砂が道路や側溝に堆積し、維持管理上の課題になることがあって。そこで、回収された砂をただ処分するのではなく、地域資源として新たな価値に変えられないかと考えました。

現在は、地元の大学やガラスメーカー、関係企業と連携し、砂をガラス製品の原料として活用するための実証に取り組んでいます。地域の困りごとが、九十九里海岸らしい商品に変わったら面白いですよね!

──企業や団体の垣根を越えて、地域の人たちを巻き込んでいっているわけですね。

大木さん:というより、私のほうから巻き込まれに行っているのかもしれません(笑)。最初から商売の話をするというより、まずは一緒に面白いことができる仲間を探しているような感覚です。白里はのどかなまちですが、独自の感性や行動力を持った人が多く、私のアイデアや取り組みにも共感してくれています。

それぞれ活動している一方で、横の連携はこれからだと感じています。互いの強みを持ち寄れば、きっと大きな力になるはず。そのためにもこの場所がハブとなって、新しい価値が生まれる土壌を築いていきたいです。

「Rusty Cafe & Bar」の裏手には、白里海岸の美しい砂浜が広がっています。朝はコーヒーを片手に、その砂浜を眺めるのが大木さんの日課なのだそうです。

大木健太郎
株式会社ぷらすわん代表取締役

大木健太郎

千葉県佐倉市出身。旅客機の操縦士・機長として国内外の路線に乗務した後、2023年に起業。現在は大網白里市の白里地区を拠点に、Rusty Nest BreweryやRusty Cafe & Bar、RVパーク、民泊などを運営し、地域資源を生かしたまちづくりに取り組んでいる。

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