近藤 千草
ゲスト
近藤 千草 / Kondoh Chigusa
「POSTORY」主宰
東京都出身。和文化推進事業を主体とする会社で管理職を務めたのち… 「POSTORY(ポストリー)」を発足。経営者層への手紙コンサルティング、企業用プロダクト製作、プロップスタイリング、執筆等を手掛ける。日本橋で創業220年の老舗和紙舗 榛原(はいばら)にてスタイリング、撮影の他『折り折りの美ー手紙の時間ー』を連載。その他『もう一度読みたい文豪の手紙』(かもめの本棚online/東海教育研究所)を執筆。人々の架け橋となってきた手紙を今に伝え、周囲と自分を大切にする「手紙の時間」を推進している。
村田 あやこ
インタビューした人
村田 あやこ / Murata Ayako
ライター
お散歩やまちの植物などのテーマを中心に、インタビュー記事やコラムを執筆。… 著書に『たのしい路上園芸観察』(グラフィック社)、『はみだす緑 黄昏の路上園芸』(雷鳥社)、『緑をみる人』(雷鳥社)。「entrie magazine」や「散歩の達人」などで連載中。
細野 鴨
編集・撮影
細野 鴨 / Hosono Kamo
WEB編集者、ディレクター
札幌出身、東京在住。フリーランスのWEBエディター/ディレクター。エントリエでは… 副編集長としてWEBマガジンをお手伝い中。好きなものは鴨せいろ。「おいどん」という猫を飼っている。

一通の手紙から、歴史や文化をたどり、人と人との関係を結び直す。手紙を「リベラルアーツの入口」と捉え、その奥深い世界を伝える活動「POSTORY」を主宰する近藤千草さんに、手紙を通じて見えてきた「人への眼差し」について、お話を伺いました。

手紙をゆっくり書く時間に癒された

インタビュー中の近藤さんの写真

──近藤さんが手紙に惹かれた原体験を伺えますか。

近藤さん:今から10年以上前、仕事でハードな日々を過ごしていた時、銀座にある月光荘という画材店の前をたまたま通りがかりました。
お店の地下に併設された喫茶店で一息ついていたら、お店の方に「ここからお手紙を書いて出すことができますよ」とご案内いただいたんです。ポストカードと切手をいくつか選び、コーヒーを飲みながらゆっくりと手紙を書く時間にほっと和みました。
特に、切手を選ぶ過程がすごく楽しくて。切手は、いくら古いものであっても、当時と同じ額面で使うことができます。また国内の切手でも、海外へ手紙を送ることもできる。その背後には万国郵便連合(UPU)の存在があります。切手とは、素晴らしいイノベーションなんです。
当たり前にある郵便の仕組みを知るにつれ、あらためてすごいと思えたことが、手紙に興味を持つきっかけでした。

──切手ひとつとっても、さまざまな絵柄がありますよね。

近藤さん:見た目に注目が集まりがちですが、もともと切手は国力や印刷技術を示すものでもありました。紙や印刷文化の発展とともに、郵便というシステムや手紙文化が発達してきた。その歴史を振り返れるのも、手紙の楽しさの一つです。身近な存在だからこそ、驚きがあるというか。

さらに手紙自体が、哲学的な思想を載せたり、思い出の装置や時代の証人であったりと、いろいろな側面を持つ集合体です。
ミクロな部分を入口に、幅広いことが勉強できる。私にとって手紙というものが、色々な扉を開いてくれるリベラルアーツの入口のような存在に思えたんです。

切手のコレクション1
切手のコレクション2
近藤さんのコレクションの一部を見せていただきました。

──身近なものをあらためて知ることで、日常の見え方も変わりますね。2014年には「手紙」という文化を啓蒙する「POSTORY」を立ち上げられます。

近藤さん:調べていくうちに、手紙というものの魅力を他の人にもお伝えしたり、誰かの役に立つような活動がしたいなと思って、「POSTORY」を立ち上げました。
何者でもない自分がゼロから何かを形にできるのだろうかという、実験のような気持ちもあったんです。

コーディネートの作品『秋分の日の手紙』
(画像提供:近藤さん)コーディネートの作品『秋分の日の手紙』
コーディネートの作品『赤いワンピースの手紙』
(画像提供:近藤さん)コーディネートの作品『赤いワンピースの手紙』

──ゼロからのスタート。どのようにしてご活動を広めていかれたのでしょうか。

近藤さん:最初は取引先もなかったので、まずは私自身が素敵だと思う世界観の発信から始めました。はがきや切手、小物をコーディネートして撮影し、Instagramへの投稿を100日間続けました。
そうしたら、それを見てくださった企業の方から「うちの商品を使ってスタイリングしていただけませんか」とお問い合わせいただくように。さらに、スタイリングしたものを展示する機会にも恵まれました。

関係性を結び直す媒介としての手紙

お話し中の近藤さん

──個人や企業からのご依頼で、文章作成サービスも手掛けていらっしゃると伺いました。

近藤さん:きっかけになったのは、「郷里の親友のお母さまが亡くなられた後、ずっと連絡できないまま時間が経ってしまった」という方からのご相談です。長らく不義理をしてしまったけれど、今更何と言っていいかわからないから、お手紙を書きたい、と。
ご友人を大切に思う分、LINEで気軽に連絡するわけにはいかない。でも普段手紙を書かないので、大仰なこともできないというお悩みでした。
そこで、思いの丈を綴ったはがきを送ってみてはどうかと、文面と共に提案させていただきました。
その日のうちにはがきを投函され、無事にご友人と連絡がついたそうです。

──単なる文章作成というよりも、縁を取り戻すお手伝いをされたんですね。

近藤さん:それだけの思いがあったので、私が間に入らずとも、いつかはご自身で連絡を取ったと思うんです。ただ、選択肢を示すことで背中を押すお役に立てたことは、大きな喜びになりました。

その方から後に、企業として作成するお手紙の監修をご依頼いただきました。
お客さまに送るダイレクトメッセージのテキストや封書デザイン、定年退職なさる方へのお手紙、出版した本を献本する際に添えるお手紙など、さまざまなご依頼に広がっていきましたね。

近藤さんが手がけたクライアントワーク例
(画像提供:近藤さん)近藤さんが手がけたクライアントワーク例

──手紙ひとつに手を抜かない姿勢が見えると、その企業への印象も良くなりますね。

近藤さん:本当にそう思います。誰かに向けて手紙を書くことの根底には、尊敬や敬愛の気持ちがあります。手紙に一定の形式があるのも、「相手に失礼がないようにしたい」という思いやりのあらわれだと思うんです。ご依頼を受ける時は、敬愛の気持ちを最大限表すにはどうすればいいかを大事にしています。

例えばお菓子のパッケージを開けると裏に言葉が書いてあったりと、意外と企業からのメッセージを読むシーンは少なくないと思います。私たちが手紙を書く機会は減りつつあるものの、いまだ社会の中には手紙が組み込まれているのも面白いなと感じています。

文豪たちの生身の姿が浮かび上がる

──文豪が送った手紙を紹介する連載(参考:「もう一度読みたい文豪の手紙 | かもめの本棚 online」)も、楽しく拝読しました。手紙を通して、作品しか知らなかった文豪たちの人となりが見えてくるようでした。

近藤さん:後々の発表を見越して書かれたものもありますが、ほとんどは相手だけに向けたもの。だからこそ純度の高い気持ちが本人の文字で残された、貴重な資料だと感じています。
偉人であるというイメージがあっても、一人の人間。身近な人たちと細かく心を重ね合わせていったり、ホロリとしてしまうようなことをさらけ出してくださったりもする。そこに心打たれます。

コーディネートの作品。『ロダンへの手紙ー白樺派』
(画像提供:近藤さん)コーディネートの作品。『ロダンへの手紙ー白樺派』

──これまでご覧になった中で、特に印象的だったお手紙はありますか?

近藤さん:連載でも取り上げましたが、文学者の夏目漱石が、門下生であった物理学者の寺田寅彦に向けて送った手紙です。ふざけた口調の手紙に、二人の仲の良さや互いを敬う気持ちがよく表れていると感じます。
例えば、「大変な事が出来たといひながら大変な事を話さずに帰るのはひどい」と、漱石が寅彦にあてた絵葉書があって(参考:第2回 夏目漱石と寺田寅彦 -友情と師弟愛を育んだ手紙- | かもめの本棚 online)。

おそらく「大変なことがあった」と言いながら寅彦が訪ねてきたのに、結局肝心な話をしないまま帰ってしまったのでしょうね。ちょっとすねた気持ちを手紙に書く可愛らしさを感じます。また、それを手紙という形に残る状態でもらえた寅彦は、なんて幸せだったんだろうと。寅彦は、尊敬する漱石から受け取った手紙を大切に取っておいて、後進の物理学者たちにも見せていたそうです。
漱石にとって、寅彦は門下生のひとりでしたが、年若い友人だったともいわれています。そうした関係性まで見えてくるのが素敵だなと思いました。

──二人がおしゃべりする姿まで見えてくるようですね。

近藤さん:余談ですが、夏目漱石は物理化学者の池田菊苗と、ロンドンで同じ下宿屋に同居していたという話は有名です。池田菊苗は、昆布だしから旨味成分を発見し、のちの「味の素」につながる基礎をつくった人です。
池田菊苗について調べていたところ、なんと私の学生時代の学び舎が、終の棲家だったと知りました。
個人的な出来事ですが、小さな入口から枝葉をたどると、こんなふうに自分自身の生活や身の回りのものと偶然つながることがある。まさにリベラルアーツとしての手紙の面白さを実感した出来事でした。 

まずは「自分への手紙」から

お話し中の近藤さん

──ご活動を続けていく中で、ご自身にとって、手紙というものに対する印象や付き合い方に変化はありましたか?

近藤さん:人々の心の中にあるポエジーのようなものを表現しようとしたとき、最も身近な方法が手紙なのではないかと思っています。
言葉にしがたい思いが浮上した時、アート作品をつくるまでは至らずとも人に伝えたいと思うことは、誰しもあるのではないでしょうか。人に伝えず、折々に書き留めるだけでも、その行為自体が瞑想のような時間になると思っています。
例えばノートに書き留めたささやかなメモも、何年か経って見返すと、思いがけず今の自分に届くことがあります。未来の自分への手紙として言葉を残しておくのもいいのではないでしょうか。

急に尊敬する方に手紙を書こうとすると、きちんとした形式で書かなきゃとハードルが高く感じる方もいるかもしれません。
もし興味をお持ちの方がいたら、まずは自分宛てのお手紙からはじめていただくことをおすすめします。少し身を正して、自分を振り返りながら書く時間を持つということにもなります。その中で、他の人に届けたいという思いが出てきたら、届けていただけるといいのかなと思います。

──近藤さんご自身、日々なにかを書き留めることを習慣化されているんですか?

近藤さん:はい。気がつくと一日があっという間に終わってしまいます。一分でも立ち止まって、その日のことを書き留める時間を大切にしています。少し時間が取れる時には「●●で嬉しかった」と単なる良し悪しだけじゃなく、なぜ嬉しかったのかまで丁寧に掘り下げることを大事にしています。

──今後取り組んでみたいテーマはありますか?

近藤さん:いま興味を持っているのは、「届かなかった手紙」です。手紙の主軸は、「届けたい」という思い。それがかなわない理由には、社会的事情や当人同士の関係性などさまざまな理由があります。そこに手紙とという媒体ならではの特異性がよく現れているとも感じています。いずれ連載としてまとめていけたらいいですね。
また、江戸時代や明治時代の文人が書いた手紙について、4年ほど研究者の方の講義を受け、勉強を続けています。当時の人たちの手紙を通した交流を読み解き、いつかそれを何かの形でお届けできたらいいなと思っています。

カフェのモチーフでつくられた便箋セット
(画像提供:近藤さん)

「おうちで、または好きなカフェや喫茶店でお茶やコーヒーを飲みながら手紙を読んだり、書きものをする時間は何ごとにも代え難いです。振り返りや、次に何がしたいかなど、考えを巡らせて計画し、紙に書いていく時間は心安まる至福のひととき。

時折、ファッションデザイナーの友人が素敵な手紙を送ってくれます。カップ&ソーサーやパンなど、日常的なモチーフでありながらどこか非日常をはらむ、ディティールの美しい手紙です。いつか、その友人とレターセットを商品化することも叶えたい夢の一つです。」(近藤さん)

近藤 千草
「POSTORY」主宰

近藤 千草 / Kondoh Chigusa

東京都出身。和文化推進事業を主体とする会社で管理職を務めたのち… 「POSTORY(ポストリー)」を発足。経営者層への手紙コンサルティング、企業用プロダクト製作、プロップスタイリング、執筆等を手掛ける。日本橋で創業220年の老舗和紙舗 榛原(はいばら)にてスタイリング、撮影の他『折り折りの美ー手紙の時間ー』を連載。その他『もう一度読みたい文豪の手紙』(かもめの本棚online/東海教育研究所)を執筆。人々の架け橋となってきた手紙を今に伝え、周囲と自分を大切にする「手紙の時間」を推進している。

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