

よく通った道、よく遊んだ場所、今はない店。地図をなぞりながら話していくと、忘れていた日常の小さな場面がよみがえってきます。
サトウアヤコさんが2012年から続けている「日常記憶地図」は、地図にその人がよく行った場所や通った道を描き込んでもらい、それをなぞりながら場所の記憶を聞き取るというプロジェクトです。聞き取ったあとはサトウさん自身がその道を歩いてたどり、冊子や展示にまとめてきました。
大阪、東京・深川や清澄白河、長野など、各地で集めた一人ひとりの記憶。そこから今の地図ではわからない、その土地の昔の姿が浮かび上がります。
サトウさんに、他者の記憶を通してまちを見つめる面白さや、亡き家族の日常をたどる試みについて、お話を伺いました。
記憶から風景が浮かび上がる

「日常記憶地図」は、地図上の「よく行く場所」や「道」をなぞり、そこでの記憶を思い出すことで、ある時期の自分と場所との関係を問い直す方法です。
取材に先立ち、筆者もワークショップを体験。幼少期から高校時代まで暮らした実家近辺の地図に、当時よく通った場所や道を描き込みました。サトウさんと話すうちに、遊びに行った近所の家や、通学中に通った森の小道など、普段は思い出さない場面が浮かんでくるような、不思議な感覚を覚えました。記憶と地図を重ね合わせることで、新たな発見もありました。
──現在のご活動につながる原点は?
サトウさん:2010年に、テーマに沿って本を持ち寄りみんなで話す、「mogu book」という小さな読書会をはじめました。ただ、本の内容そのものより、話をする仕組みに興味があって。「カード・ダイアローグ」という方法を考案しました。
青い「引用カード」には本の一節や誰かの言葉を、赤い「考えカード」には自分の思ったことを書き、テーブルの上に置いて話すという方法です。
一度書き留めておくと、何もない状態より話しやすくなることを発見し、何かを媒介したコミュニケーションや言語化に関心を持つようになりました。

──その後「日常記憶地図」は、どのようにして生まれたのでしょうか。
サトウさん:2012年、大阪の上町台地で開かれた「オープン台地 in OSAKA vol.3」というまちのイベントがきっかけです。当時エリア内のシェアオフィスを利用していたことで企画を出してほしいと言われて。
「まち開き」がテーマのイベントだったので、特別な場所や人を紹介する企画が多い中、私は、住んでいる人や通勤してくる人が普段どんな生活をしているのかに興味を持ちました。それで、地図によく行く場所を書いてもらい、インタビューする企画を考えたんです。それが「日常記憶地図」のはじまりです。
──はじめての「日常記憶地図」では、どんな発見がありましたか。
サトウさん:地元で生まれ育った大学生の女性に、幼少期、中高時代、大学時代の3枚の地図を描いてもらいました。すると、地元の古い神社の子ども神輿の記憶が出てきた。当時の幼稚園児も子ども神輿に参加していて、街中でも続いているんだなと思いました。
同じまちにいても、一人ひとりの世界は違う

2019年には、東京都現代美術館主催のMOTサテライト2019「ひろがる地図」に作家として参加。美術館のある深川・清澄エリアに暮らした人、暮らしている人たちへのインタビューを通して、約60年間にわたる土地の風景を浮かび上がらせました。
──深川・清澄は、サトウさんご自身とも縁のある地域だったそうですね。
サトウさん:美術館からお話をいただいて調べると、曽祖父、祖父が同じエリアに住んでいたことや、そこが私の本籍地でもあったことに気づきました。それまで長年関西に住んでいて、東京にはほとんど行ったことがなかったので、びっくりしましたね。実際にお話を聞いていると、「この方は祖父の近所に住んでいて、同じ小学校だったんじゃないか?」と思ったりもしました。

──冊子『日常記憶地図 深川・清澄白河編 1960-2019』では、年代ごとの記憶からまちの変化が見えてきますね。
サトウさん:まちの変化がわかるよう、さまざまな年代の方にお話を聞くことは意識していました。ただ、どの世代の記憶にも川のエピソードがあって。この地域は川と密接につながっているんだなと感じました。古地図を見ると今以上に水路があり、ベネチアの地図のように水色でした。お話を聞いていても、その風景が浮かぶようでしたね。
──インタビューの後は、サトウさんご自身もその場所を歩くそうですね。
サトウさん:毎回、描いていただいた地図を手に、できるだけすべての場所を訪ねています。土地の起伏や、当時のお店が残っているか。「近道として通っていた」という道は本当に近いのか。川沿いを歩くと気持ちがいいのか。そういうことは、歩いてみないとわかりません。その方の幼い頃に思いを巡らせる時間でもあります。
美術館の企画展では、短い準備期間にたくさんの人の記憶をたどったので、どこを歩いていても誰かの語りが浮かんでくる感じでした。

──サトウさんはニュータウンで生まれ育ったと伺いました。違う土地の話を聞いて、発見はありましたか。
サトウさん:一つの地域に住み続けていることへの羨ましさはありました。私もニュータウンへの愛着はありますが、引っ越しが多く、一か所への思いはそこまで濃くなくて。
でも、どんなまちでも話を聞くうちに、「ここに住んでいたら、こんな暮らしをしていたかな」と、住んだことのない土地への気持ちが積み上がっていきます。
──印象的だった地域はありますか?
サトウさん:長野です。駅前に善光寺の参道と市街地が重なっていて、周辺地域から子どもの頃によく遊びに来ていたという人も多い。祖父母から聞いたという、百年ほど前の話まで出てきました。
清澄白河ではまちの変化が早く、昔の建物がなくなっていることも多い一方、長野では大正時代の建物が今もお店として使われています。建物が残っている分、記憶もはっきり残っていると感じました。
みなさんが話す場所も重なっていて、同じ商店街でも、話を聞いて歩くたびに違う風景が見えてくるのが楽しかったですね。華やかだった時代、映画館がたくさんあった時代。話を聞くたびに、いろんな時代の痕跡が少しずつ見えてきて。
わたしたちは、同じ土地にいると、同じ世界に住んでいるような気になりますが、一人ひとりの地図は違うんです。一つの場所に記憶が積み上がっていく感覚を味わえました。

物語になる前の「弱い記憶」
──地図を使うことで、どのような記憶が引き出されるのでしょうか。
サトウさん:建物の話から自然と隣の建物へ移ったり、内部を細かく描写したり。今は目の前にないものを、まるで見えているように話す方が多いのが印象的でした。最初はピンときていなくても、地図をなぞると思い出せることがある。「思い出せてよかった」と言ってくださる方もいます。
場所がわからないと、思い出話は頭に入りにくいですよね。でも地図があれば、その土地を知らなくても、どこの話か分かり、後から同じ道をたどれます。
話し手にとっても、いきなり「子どもの頃の記憶を教えてください」と言われるより、地図をなぞると歩いている感覚が呼び起こされ、当時のモードに切り替わるのではと感じています。
そうすることで、すでに思い出話としてできあがったものではなく、その場で思い出したばかりの、まだストーリー化されていない記憶を引き出したいと考えています。

──すでに言葉になっているものは、無意識に編集されているかもしれないですね。
サトウさん:一方で、その場で思い出してもらうことには、ある種の暴力性も伴うと思うんです。個人史というよりは「場所」を主軸に話すからこそ、初対面でもお話しやすい部分はあるのかもしれません。
──地図が、自分の話をする際のワンクッションにもなる。
サトウさん:私はあくまで、土地について知りたいんです。家の場所は教えていただいても、ご家庭の事情には踏み込まず、家の外の場所との接点を伺うようにしています。たとえば1960年代のその土地を直接見ることはできませんが、何人かに語っていただくことで、イメージすることができます。同じ場所について複数の人の話を聞くと、場所が立体化していく感覚があるんです。
亡き家族の日常をたどり、編み直す

──新刊『亡くなった人の「日常記憶地図」を歩く』では、亡くなったお父さまやおじいさまの日常をたどっています。
サトウさん:父は、昔のことを自分から話すタイプではありませんでした。祖父は私が生まれる前に亡くなっていて、会ったことがありません。日常記憶地図をはじめたのは、実は父が余命宣告を受けた時期と重なっています。昔の話を聞きたいと思っていましたが、結局聞かずじまいで。父が亡くなった頃から、亡くなった人の日常記憶地図もありえるのでは、と考えていました。
──どのようにしてたどっていかれたんでしょうか。
サトウさん:母が父から断片的に聞いた話を手がかりに、古い地図で父の通学路をたどったり、戸籍で住所を調べたりしました。祖父の家から勤務先まで、「このルートを通ったのかな」「この建物は戦前からあったのかな」と想像しながら歩く。生きている方に対してやっていたことを、亡くなった方にも重ねてみました。
そうすると、聞いていた話とずいぶん違うことも。断片は合っていても、母の解釈を通すと違う話になっていることもあったんです。それを解釈して取り戻すのが楽しかったですね。
──ご自身の目を通すことで、ご家族への見方は変わりましたか?
サトウさん:母の話を通すと、祖父は「人生がうまくいっていない」というネガティブな印象でした。でも、戦時中に妻と子どもが疎開する中、ギリギリまで仕事や学問をしていたとわかり、「頑張っていたじゃん!」と。
祖父のイメージをつくり直せたことは、私の人生にとってよかったと思います。祖父がこういう人なら父はどうだったのか。二人の関係はどうだったのか。関東大震災のとき祖父や家族はどこにいたのか。
誰も話してくれなかった家族のことを、遡って解釈し直す機会になりました。
──今後、取り組みたいことはありますか。
サトウさん:私以外の人も、日常記憶地図を実践できるようにしたいと思い、そのための支援を整えています。大学ではプロジェクト型の授業に取り組んでいます。学生も含めた場でインタビューして、学生が文章を書く流れができ、軌道に乗りつつあります。
また、これまでの活動がまとまってきました。地域の話、別の家族の話、話すことができない人の話。そこから何か考えていきたいですね。


はじめて訪れるまちを一人で歩くときが一番楽しいと語る、サトウさん。まず最初にどんな神社があり、どの方向を向いているのか。主要な神社と参道を通り、その土地を知る手がかりを探すとか。
歩いているうちにその土地のことがわかってくる時間が、至福のひとときだそうです。

サトウ アヤコ / Sato Ayako
「日常記憶地図」、「カード・ダイアローグ」、「マイクロ・ストーリーズ」… など複数のプロジェクトを継続しながら、言語化や媒介的なコミュニケーションについて探求している。地図をなぞることで「場所の記憶」を思い出す手法である「日常記憶地図」を2012年に開発し、複数の地域で展示やプロジェクトとして実践している。主な展示に「MOTサテライト 2019 ひろがる地図」(東京都現代美術館、2019)、「美術館のある街・記憶・風景『日常記憶地図』で見る50年」(長野県立美術館、2021)、OPEN SITE 7 「日常記憶地図『“家族”の風景を“共有”する』」(TOKAS本郷、2022)。


